2018年03月16日

乳と卵

 川上未映子さんの小説です。ふと本棚にあるのを見つけて読みました。関西弁の口語体の文章で、豊胸手術をしようとする母親と、母親に対して口をきかなくなった思春期の少女を描いています。
 関西弁の文章は文としては破綻しているところもありますが、不思議と読みやすく引き込まれます。
 同時に収録されている『あなたたちの恋愛は瀕死』はたまたま不幸な形で出会う男女の模様が描かれています。個人的には、こちらの方が好みかな。
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日本の愛国心

 佐伯啓思さんの本です。私の所属する学部の退官された教授さんの書いた本ということで読みました。
 「愛国」は近年力を増している論調であるように思えます。同時に、その反動のようなものも蠢いております。
 しかし、この「愛国」を唱える保守も、「愛国」を警戒する革新も、図式化された中、それ自体の理念というよりも対するものへのアンチテーゼとして存在しているような傾向があります。
 「保守」や「革新」がもともとの意味を考えると混乱した形で図式化されている(GHQ体制や安保体制の関係を考えればわかりやすいでしょう)ことは、それなりに理解し、考えていたつもりでありましたが、佐伯さんは第二次世界大戦の敗北を考究することでこの問題を深めています。「負い目を持つ日本の愛国心」という言葉にこのことは象徴されています。

 「愛国」の対象となる「国」とは何なのか?
 というのは、高校時代からずっと疑問に思っていたこと。ネイション=国民、市民社会なのか? 国家の統治機構なのか? 民族なのか? 「故郷」なのか?
 私が昔から浅はかな知識なりに考えていたことを、深く深く掘り下げてくれたような感じがします。私は愛郷心・「故郷」と愛国心・国家を厳格に区別し、想像の共同体としての国家というものへの信奉を批判していましたが、ある程度のところで結びついているということも気づかされました。
 国民国家における「ナショナリズム」の位置付けを整理できたのもよかったです。

 終盤の日本思想のところには、知識が浅く、なんとなくの理解しかできていない気がするのが心残り…。

 ナショナリズム、愛国心は安直な感情論に行き着きがちですが、この本のようなきちんとした論考を一冊読むことは、この問題を考えていく上で必要なことだと思います。
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2018年03月14日

檸檬

 梶井基次郎さんの短編集です。『檸檬』『城のある町にて』『泥濘』『路上』『橡の花』『過去』『雪後』『ある心の風景』『Kの昇天』『冬の日』『桜の樹の下には』『器楽的幻覚』『蒼穹』『筧の話』『冬の蠅』『ある崖上の感情』『愛撫』『闇の絵巻』『交尾』『呑気な患者』が収録されています。

 全体として鬱々とした雰囲気の話が多く、隙間時間に読もうとしてもなかなか読み進まなかった記憶があります。それで『泥濘』〜『ある心の風景』くらいがあまり入り込めずに、頭に残らず…。しっかりと本を読むための時間をとった部分は、印象に残った作品が多い気がします。暗い話は自分の気持ちも暗いときに読めばいいのか、明るいときに読めばいいのかって、結構難しい問題な気がします。

表題作『檸檬』は有名な小説ですが、読むのは初めて。京都丸善に行ったことを契機に読み始めました。鬱々とした生活の中の一事件が、様々な感覚描写を通じて鮮やかに描き出されています。沈みがちの心のモノトーンの上であるからこそ、鮮やかな描写が極めて美しく現れているように思います。鮮やかな黄色、ぎゅっと詰まった形、そのままでもほのかに酸い香り、ひんやりとした手触り…。檸檬一つが、これほどまで魅力的に思えてくるのも不思議な感じです。
 檸檬以外についても、寺町の明かりや花火、びいどろの味など、この作品は秀逸な五感の描写に彩られています。世界には、こんなに感覚が満ちているのか、と驚きを感じました。私は、生活していく中で様々な感覚をどこかで感じているはずなのに、魚が網をすり抜けるようにそれらを見逃している感じがします。
 『檸檬』の次には、『桜の樹の下には』が印象に残りました。「桜の樹の下には、屍体が埋まっている!」という印象的な冒頭から始まる掌編。どこかで聞いたことのあるフレーズだな、と思えば、恩田陸『図書室の海』に収録されている『睡蓮』に引用されていました。この先品では、生と死を憂鬱とグロテスクの中で結びつけています。生(特に生殖)というのは、生々しい気持ち悪さを備えているものでありますし、死も(「無」と結びつけられがちであるものの)実際のそれは、腐乱し蛆が湧き、おぞましいものであります。また、気持ち悪さという点で結びついているというだけでなく、「生」は「死」の裏返しであるという点も、この小説において重要な要素であると思います。
 花というものは、一見可憐に見えますが、それは言ってしまえば生殖器であり、よく見れば気味の悪さを感じさせるもの。そのような、なんとも言えない気味の悪さを、この小説はうまく表している気がします。
 上二編以外にも、秀作揃いの良い短編集です。お薦めは、『冬の蠅』『ある崖上の感情』『闇の絵巻』です。憂鬱な感覚で捉えられる情景の描写が、とても素晴らしいです。
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2018年02月19日

「かわいい」論

 四方田犬彦さんの本です。世間で氾濫する「かわいい」について、様々な観点から考察している本です。何かあればすぐに「かわいい」という言葉が飛び出る今のご時世。
 私自身、何かを「かわいい」という感覚がかなり遅くまで(高校時代まで?)なく、割と今でも「こういうものが世間でかわいいと言われるのだろう」という念をどこかで持ちながら「(あれって)かわいいね」などと言っています。ぬいぐるみや動物、赤ちゃんをかわいいと思う気持ちは、どこか相対視する気持ちがあるものの生じて来ました。どうも冷めてはいるのですが、トトロをカバンに吊したり、部屋にぬいぐるみを少し置いたりしています。
 しかし、女性をかわいいという気持ちは今でもよくわからないよく友人達が女の子をさして「あの子可愛いよな」といいますが、僕は女の子がかわいいというのがわからないまま。適当にうなずいたり首をかしげたりしています。自分の恋人ですら、愛おしいとこそ思え、かわいいという感覚はあまりわからないです。

「かわいい」という感情には、未成熟、弱い、小さいものを慈しむという、ある意味上から下を見下す政治性を帯びているということが書かれていました。男性が女性に対して「かわいい」と思う気持ちには、身長差による眼差しが影響しているのだということもあると言います。私が女性に対して「かわいい」と思う気持ちがあまり生じないのは、女性に対して、対等か自分が下に位置するような関係を築いてきたからかもしれないな、と思ったり。

 「かわいい」がグロテスクと深く結びついているというのも、面白い指摘でした。赤ちゃんやぬいぐるみなどの特徴を考える。大きな目や小さな頭身。確かに、身体的な不均衡、逸脱は、可愛いの要素であります。しかし、これを認識することは、「かわいい」を祀る現代人にとって、とても残酷なことのような気がします。自分の中で納得はしますが、社会の上ではある意味タブーであると思います。

 「かわいい」について考えること。社会でみんなが信じていることの虚構(と言っては言い過ぎではありますが)を暴くことであります。もっと深い論を考えてみたいと同時に、それが恐ろしくもあります。
posted by みさと at 19:20| 奈良 | Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

砂場の少年

 灰谷健次郎さんの小説です。

あらすじ
 元テレビディレクターで有機農場に務めていた葛原順は、教師をしていた妻・透子が精神を病んで休職したのを機に、自らも臨採で中学校教師となった。生徒個人個人と向き合わず、定められた規則や画一的な授業に拘泥する教師たちがいる一方で、葛原は「反抗的」とされる子ども達に輝くものを見出していく…。




 『子どもの隣り』を読んで以来、灰谷さんの小説に魅せられています。教育のあり方を問い直すというのが物語を通じて強いテーマとして設定されており、それに沿ったストーリーが展開されています。そう長い小説ではないわりに、たくさんの登場人物が出てきており、人物によって目立ち具合に差はありますが、それぞれ個性的に描かれています。
 読んでいると、自分自身の中高生活を思い出しました。もちろん時代も違いますし、この本ほど極端な管理教育はありませんでしたが。しかし、それでも先生の態度の中にはこの小説にかぶるものもあったりして、ちょっと苦い気持ちになったり。僕自身、人の期待するように行動する性向があり、割と先生に従順な態度をとっていました。嫌だとは言いながらも、試験や受験で良い成績を取ろうとしていたなぁ。この小説の生徒達のような、反骨精神・自立精神をもっと持ちたいものであります。西文平くんに憧れます。


 個人的には、教訓的要素が強すぎて、ややくどい印象を受け、『子どもの隣り』の方がお気に入りですが、なかなかに良いお話でした。
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2018年02月05日

ユタとふしぎな仲間たち

 三浦哲郎さんによる児童文学です。

あらすじ
 父の死とともに、東京から母の実家である湯ノ花村に居を移した勇太。彼は村の子供達から、東京のもやしっ子と言われ、なかなか馴染めなかったが、ふとしたことから、座敷わらし達と出会う。彼らとの交友の中で、勇太はたくましさを手に入れていく…




 高度経済成長期?の寒村を舞台にしたお話。正統派な成長譚といった感じですが、日本の寒村、またそこにある民話の世界をモチーフにしたのが特徴です。
 時に失礼なこともする勇太に対して、座敷わらしたちがものすごく優しいのが印象的。人間たちの方がよそ者の勇太に厳しいというのが皮肉な感じです。
 お話の構成も、舞台設定も、極めて完成度の高い児童文学だと思います。
posted by みさと at 15:23| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(児童文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

わたしはここにいる、と呟く。

 新津きよみさんの短編集です。収録作品は『わたしを探して』『時のひずみ』『あなたの居場所』『忘れはしない』『思い出を盗んだ女』『あの日あの時』『その日まで』です。
 ザ・新津作品と言った感じの日常系ミステリ集です。一応ミステリに分類されるのか、ノンジャンルと言うべきか。作品に登場する人物の立場は様々ですが、総じて30代後半くらいの女性が多く、子供や認知症に向かっていく老人のモチーフも頻繁に登場しています。新津さんが執筆当時この年代だったのか、この年代の体験が大きな記憶に残っているのでしょうか。
 他の短編集であったような、ゾッとする、と言うほど怖い作品はありません。少し後味が悪かったり、あるいはホッとするような作品もあります。
 『時のひずみ』は、探し物が得意な奥さんの話。そんな奥さんがどうしても見つけられないものがあって、、、と言うあらすじです。子供の健気な行為が、温かな気持ちになれます。
 作品展開的にドラマチックで好きなのが、『思い出を盗んだ女』『あの日あの時』の二作品。過去と現在の偶然の符合が見事な形で現れます。

 この作品は、と言うほどものすごく大好きな作品があったわけではありませんが、どの短編もコンパクトな佳作揃いで、試験期間中の良い息抜きになりました。
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2018年01月22日

日本庭園ーー空間の美の歴史

 小野健吉さんの本です。先史時代の庭園前史から重森三玲の近代に至るまで、日本の庭園史を概観しています。大学の授業で小野先生の授業をとっており、庭園に興味が出てきたことから読みました。
 小野先生はかつて私の学部で客員教授をされており、現在は和歌山大の観光学部で教鞭をとっていらっしゃいます。後期に急遽ピンチヒッターとして授業を担当なさることになり、学系の建築史の先生から、受講を勧められて受けたところ、庭園の魅力に惹かれるようになったという次第であります。庭園というのは日本人特有の「名所」の風景観が現れるところでありますから、風景に興味のある私にとってとても気になるものだったのです。
 これ一冊を通読すれば、日本庭園の通史が理解できます。ただ綺麗だな、と庭を見るというだけでなく、歴史を知れば、ますます庭を見るのが面白くなります。浄土思想の表現された木津川市の浄瑠璃寺庭園、桃山期・醍醐寺三宝院の豪奢な庭園など、いくつかの庭園を実際に観に行きました。中学や高校の頃、兼六園や栗林公園をただ綺麗やな、とだけ思っていたのがもったいないように思えてきます。またこれまでにいったことのあるところを含めて、お庭巡りをしてみたいな、と思います。

 また小野先生が終章で書いているのですが、様々な時代の庭を考えることで、日本人の空間的美意識が見えてくるのがとても興味深いところです。時代により変容はありますが、自然の眺めがその規範となっているということは、奈良時代以降の庭園に共通するものであります。
 私が考えている風景は近代以降に偏っている気がします。前近代も含めて風景についてもっと思考できるようになれば、今回学んだ庭園史がもっと生きてくるのだろうな、と。もっとたくさん本を読まねば!  美学あたりも勉強したいです。
posted by みさと at 20:44| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(農学/林学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月18日

かしわらの史跡(上)(下)

 重田堅一さんの本です。短いコラムのような柏原の歴史に関する記事を集めた本です。二頁ほどで完結する記事ばかりですので、暇な時間、隙間時間にだらだらと読んで読み切りました。この本の好きなところは、柏原市域に関する和歌がたくさん載っているところ。古歌を集めて龍田の眺めの復元を考えようと思っていたところなので、中々興味深かったです。
 市史を読んでいるので、知っている知識が大部分だったのですが、こう改めて記事集を見てみると、柏原は地味だけどすごい歴史が多いのだなぁ、と。
 かなり読みやすいので、柏原の郷土史入門にはちょうど良いのではないでしょうか。確か、市立図書館にも入っていたと思います。
posted by みさと at 09:12| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(地理学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

森林の機能と評価

 木平勇吉さん編著の一冊です。公共政策論の演習で林業・森林政策をテーマに選び、その参考にするために読みました。資本主義の世界を考えていると、森林は林業者が木材を生産する場という側面が目立ちますが、実際森林は「緑のダム」というように水を蓄えたり、根を貼ることで土砂災害を防止したり、日本人の原風景を構成する要素となることで、また信仰の対象となること文化形成の基盤となったり、散策に来る人を癒したりするなど、人間社会に多様な形で貢献しています。このため、森林を活用する、時に林業という産業は極めて外部経済の大きな産業であるのです。
 こうした森林の多面的機能は大昔から知られており、平安時代に禁伐令が出されたり、江戸幕府が造林を行ったりしております。戦後初期は経済的機能を重視した政策が中心でしたが、多面的機能を分析し、評価しようとする試みも次第に盛んになり、昭和40年代にはいくつかの森林機能が貨幣評価されました。特に2001年に日本学術会議の「地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能評価について」の答申があり、林業基本法が森林・林業基本法に改正されて以降森林の多面的機能についての注目は強まります。

 ある程度知っている知識を、少し学問的に消化できたような気がします、特に、外部経済をミクロ経済的に費用便益分析を行なったグラフが載っており、このように描けるのだ、と驚きました。経済学の人なら常識のようなことなのかもしれませんが、全然経済学をやってない身からすると、数式だけでこの世を描ける面白さに触れることが感動しました。

 発表では多面的機能の内部化と、森林機能の保持、林業山村振興を目的に、申請に応じて森林機能を簡便に段階評価してそのランクに合わせた助成金を交付するという政策を考えました。かなり粗いな、と思いながらも、教授には(1、2回生向けの基礎演習ということもあって)高評価をいただいたので、ちょっと満足です。
posted by みさと at 12:16| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(農学/林学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする