2018年08月23日

いわさきちひろの絵と心

 下鴨の古本市で購入した一冊。いわさきさんの絵と彼女のご子息・松本猛さんのエッセイから構成されています。
 いわさきさんが絵を描かれた絵本は、幼い頃そうと気づかず何度も読んだことがありましたが、最近ふとしたきっかけでいわさきさんのことを再認識しました。淡い色の水彩画で描かれた画風は今の感覚からしてもとても心惹かれます。彼女の描く子供達には、優しさの中にも、繊細で微妙な心の動きが現れている気がします。しばしば輪郭も曖昧で、色もパステルカラーを用いているからこそ、強すぎない、絶妙な心情の表出をなし得ているのでしょうか。

 松本さんのエッセイでは、いわさきさんの生涯や芸術理論が書かれており、これを読むことでより絵を深く感じられるようになった気がします。特に、彼女が共産党員
であり、議員の妻となっていたことには画風とのギャップに衝撃を受けましたが、水彩画の中に滲む意志の強さや社会的なテーマの絵(「戦火の中のこどもたち」など)があることを思い出だすと、それも納得です。
 また改めていわさきさんの描いた絵本を読んでみたいな、と思いました。
 この本に収録されている作品の中のお気に入りは、「かさと少女」、「たけくらべ」美登利、「枯れ草の中の少女」です。
posted by みさと at 18:01| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(児童文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

刺青・秘密

 新潮文庫、谷崎潤一郎さんの短編集です。収録作品は『刺青』『少年』『幇間』『秘密』『異端者の悲しみ』『二人の稚児』『母を恋うる記』です。

 『細雪』に魅せられて、谷崎に手を出しています。 『細雪』は関西の上流社会を秀麗に描いた地理的小説、風土的小説と言えますが、この短編集は、江戸が物語の舞台であるものがほとんどです。

 とりわけ、『異端者の悲しみ』は江戸の庶民社会のに生きる人物を描いたものという意味で、『細雪』と対照的なものであると言えるかもしれません。この小説は作者・谷崎を思わせる東大の貧乏学生・章三郎の頽廃的な生活を描いたもの。
 ーーベルグソンの「時と自由意志」の論旨を…細かい理屈は何一つ覚えていなかった。にも拘らず、彼は自分が折に触れて、こう云う高尚な問題にまで考えを及ぼし得る智力がある事を、非常に嬉しく感じ始めた。(p140)
 己の能力を過信し、他者を卑下する事で成り立つ歪んだ自尊心が放埓な生活の中対照的に浮き彫りにされています。京大に通う私にも少なからず同じような心の動きがあり、うっと心に刺さるところがありました。
 また、ものうく荒廃した家庭と生活、精神の中に、病気の妹・お富の冷たい瞳が突き刺さるのも効果的で、非常に印象に残りました。
 ーー凹んだ眼科の奥に光って居る凄惨な瞳を、ごろりと一方へ回転させてじろじろと兄の様子を見据えた。(p138)
 

 地理的小説として秀逸だと思うのは、『秘密』です。普段生活している町の中にも、全く通ったことのない場所というものは少なからず存在します。この小説は、そうした場所がテーマ。幼い頃には点と線で構成されていた生活空間が、面的な広がりを持つようになってくるにつれ、こうした道は時折眼前に現れてくるようになります。私自身馴染みある町の見知らぬ姿は、不思議で、とても魅力的で、心踊ります。小説に取り上げられて見て初めて、とても不思議で面白い題材だな、と気づきました。
 ーー丁度瀬の早い渓川のところどころに、澱んだ淵が出来るように、下町の雑沓する巷と巷の間に挟まりながら…閑静な一郭が、なければなるまいと思っていた。(p98)
 大都市という巨大な空間には、ほとんどの人にとって知ることのないこうした場所があるのではないか、という感覚はすっと腑に落ちます。都市は巨大であり、人間の認識のスケールを超えているため、(実際は全ての人の生活空間を重ねれば都市全てを覆い尽くすのでありましょうが、)人間に埋め尽くされていながら空虚な隙間が生じていると感じてしまうのでしょう。
 「秘密」が暴かれたところで場所の魅力が消滅してしまうという結末は、このテーマをおとすには良い結末だと思います。

 『刺青』『少年』『幇間』は、世間で言われる谷崎のイメージ像を体現したような作品。猟奇的でやや性的な物語をぞっとするような美しさで描いています。特に『刺青』は極めて短い中にそれがよく現れており、さすが名作の誉れが高い小説だと感じました。
 『二人の稚児』はこの本書の中では特異な印象を受ける作品で、仏教説話的な物語です。見たことのない「女性」の煩悩に悩まされるというところは他作に見られる谷崎の筆がよく現れている気もします。
 『母を恋うる記』は幻想的な舞台の中、谷崎の作品の多く通底する母への慕情を描いた作品です。五感が極めて繊細に描かれており、極めて美しい一作です。

 性的倒錯を描きながらも、えぐみを感じさせず、極めて美しい物語群。思春期に『春琴抄』を読んで衝撃を受け、敬遠していた作家さんですが、二十歳になった今になってその世界に魅了されています。『痴人の愛』あたり、また他の作品も読んで見たいと思います。
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2018年08月10日

古都

 川端康成さんの小説です。京の街に捨てられ、呉服問屋の一人娘として育った千恵子と、北山杉の里・中川で働く村娘の苗子。生き別れた双子の姉妹は祇園祭の日にめぐり合います。
 美しい四季の移り変わりに、京都、平易で流麗な文章。全体として、谷崎の『細雪』を連想させます。作中では、様々な行事、名所を用いて京都の四季を描いています。京都を舞台に、二人の娘をめぐる人間模様を描いているのか、二人の娘を通じて「京都」を描いているのか。京都の「名所図会」的な小説だな、と感じました。

 また、中でも近代化に揉まれる「京都」がこの小説ではよく描かれていると感じます。
ーーそのうちに、京都じゅうが料理旅館になってしまいそうな、いきおいやな(p186)
 という太吉郎の言葉。実際の生活から遊離し、観光地として概念化・テーマパーク化されていく京都への危惧がよく現れた言葉だと思います。
  また、苗子の言葉に、

ーーうちは、原生林の方が好きどす。この村は、まあ、切花を作ってるようなもんどっしゃろ……(p166)
 というのもあります。杉の植林も、現在では「自然」とみなされることも多いですが、人為によって構成されるものです。川端の嗜好として、恣意的に構築されたものを厭い、自然や人の営みによってありのままに成り立つものを求める傾向があるのかもしれません。もっとも、杉の植林を「冬の花」とか「数寄屋」に例える記述もあり、その美しさを、それなりには評価しているとは思いますが。

 私自身、杉の植林というのは、不思議な感じを受けます。昼間にみれば、人の営みを感じてとても親しい印象。厳しい沢を登っていて突如植林が現れればとても安心します。しかし、夜中にみる杉林は異様な感じがして、見ていると不安さえ感じます。のそっと真っ白な柱が屹立している様子。見てはいけない何かが露出している感覚。人間の白骨を見ているような感じ、とでも言えば良いのでしょうか。

 奈良の喫茶店で一気に読んでしまいました。このような雰囲気の作品は好きですし、色々感じること、考えることもありました。
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2018年08月03日

モダニティと空間の物語 社会学のフロンティア

 収録は吉原直樹さん「モダニティの両義性と『時間‐空間』の機制」、齋藤道子さん「生活時空間としての場」、和泉浩さん「遠近法と調整の空間」、足立崇さん「住まうことの場所論」、大城直樹さん「空間から場所へ」、小野田泰明さん「住まうことのメタファー」、植木豊さん「制度の失敗とローカル・ガヴァナンス」、酒井隆史さん「(ジェントリフィケーション下の)都市への権利」、斉藤日出治さん「空間論の新しい方法基準」です。

 「社会学のフロンティア」をうたっているこの本ですが、それぞれの作品は建築論、文明論、公共政策論、地理学、芸術学などかなり幅広い分野の影響を受けている、あるいはそういった分野の学者さんが書いています。そう思うと、「社会学」という学問の射程の広さをつくづく感じます。
 私は人文地理学の影響を強くうけているので、「空間」を「場所」を対立概念としてとらえ、歴史性、風土性を排斥し普遍的価値(資本主義)に基づいて評価できる均質なものと考えてきました。一通り読むと、「空間」というものも分野や論者によってさまざまに捉えられ、論じられてきているのだな、と驚きます。
社会的な営みの舞台となる場が「空間」であり、現代それを語るにおいて、西欧近代と資本主義の影響を見逃すことはできない、ということは本書すべてに通ずるところであり、私自身の大きなテーマでもあります。

 各論でそれぞれ面白いところはありましたが、終章の斉藤日出治さんの結論が象徴的なので、それを自分なりにかみ砕いたものを記しておきたいと思います。
人は社会的関係の中で生きており、その社会的関係をかたちづくる容器となるのが「空間」です。そして、都市は空間の中でも身体、資本、知識、そして、それゆえ社会的関係の蓄積する場であります。人々は生きてゆくため、自己形成のためにも社会的関係を要求しますが、都市はそれを大いに満たしてくれる場であったのです。
近代は人々に人権、市民権を与えてきましたが、人々の社会性、またそれを基礎づける空間性を見落とし、個人的・排他的なものであるのを免れ得ませんでした。今、このことを認識した上で「空間的身体への権利」を確立し、政策や都市計画を考えていかなければなりません。
posted by みさと at 21:13| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(社会学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月29日

造園の手引き

 京都府造園組合の本で、庭園史から設計、施工、管理に至るまでを概観しています。かなり平易に造園学の基礎をまとめており、とても読みやすく勉強になりました。とりわけ日本庭園のデザイン特性や空間構成技法が興味深かったです。借景や縮景、見え隠れくらいは知っていましたが、遮り、障り、生け捕りなど知らない技法もたくさん学ぶことができて、日本庭園を見る目が少し向上した気がします。
 かなりテクニカルな話も平易に書かれていて、人文系学生の私が読んでも理解できました。造園や建築の技術的な面を知ることは半ばあきらめている傾向があるのですが。この程度の基礎の基礎くらいを書いてくれていると面白くてうれしいです。
 造園系の人だけでなく、庭園、緑地空間に興味があれば、ぜひ読んでほしい一冊です。
posted by みさと at 16:50| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(農学/林学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月21日

球形の季節

 恩田陸さんの小説です。谷津という地方都市で広がった奇妙な噂をめぐり、「地歴研」の高校生たちがその出どころを確かめようと奔走するところから物語が始まります。
 なんとなく手に取った本なのですが、自分の専門である地理学と深く結びついており、
色々と考えさせられるところがありました。この小説は、谷津という架空都市を舞台に、それの持つ「場所性」というものを強く意識しています。「場所」というものは、ただそこにある、ニュートラルな空間というだけではなく、歴史や文化の積み重なりーー意味や物語を伴うものであります。そう考えると、小説という表象の場は、空間が必ず「場所」であらざるを得ない場であるということができると思います。学校が出てくる時、山が出てくる時、喫茶店が出てくるとき。小説において、場所の描写がされる時、その場所がそこである必然性があるのです。そういう点で、必ず小説の地理は必ず意味を持ち、「場所」であるのです。
 小谷真理さんが、解説で「学校」という場の意味を考察していますが、それがとても興味深いので、要点を引いておきたいと思います。学校は制度で縛ることで架空の「日常」を作り出します。本当は多様な生徒たちに均質性を求めるのです。当然のことながら一つの価値観を求めることは、逸脱者をも多く生み出します。こうした逸脱者が、ファンタジーの源泉となっているということだそうです。
 加えて、予言の自己成就というのは社会学のお話ですし、民俗学的な伝承のお話もあります。そう思うと、人文諸学の要素がたくさん盛り込まれた物語なのだなぁ、と恩田陸さんの教養を強く感じます。

 恩田陸さんというと、中高時代に読み漁った作家さんの一人。今多少学を身につけた上で読むと、色々と深く考えることができているような気がします。
 中高時代は、学校の課題や勉強の枠が設定されており、私はそれを満たして「勉強のできる子」として評価されており、満足していました。今思えば、もっといろいろな本を読んだり、いろんなところに行ったりして学をつけておけば精神生活も変わってきたのかなぁ、と思ってしまいます。
 ちょうどこの小説の題材が高校であります。日常に満足し、そのルーティンの中で変化を厭って生きてきた自分が、少しみのりに重なりました。
posted by みさと at 23:58| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

美学入門

 中井正一さんの本です。私は風景論を専門としたいと考えているのですが、風景には眺めを審美的評価するという意味合いが少なからず含まれています。これまで建築・地理学系からのアプローチが多かったのですが、風景の「美」を考えるためには哲学系の学問である美学の本も読んでおきたいな、と思い、手に取りました。
 とはいえ、思想系の知識が浅いため、やはり表面的理解にとどまっていたり、理解しきれていない部分も多くあります。カント、ヘーゲルなどの知識があれば、もっと理解が進むのでしょうが……。高校倫理の資料集を読んで、広く浅く西洋の思想史を抑えて置こうかな、と思います。

 いくつか印象に残ったことを書き留めておきたいと思います。

 モダニズムの美学への表れについて、知れたことが一つ。この本は1951年の本ですから、今よりもモダニズムがずっと近いところにあります。ものすごく新鮮な視線で、「機械化時代」である近代を論じています。ルネサンスで個人や主観というものが目覚めますが、近代、社会機構の発達、全体主義の台頭などに伴い、再びそれらは解体されて行きます。ダダイズム、シュールレアリスムなどの絵画の描かれ方も、それに対応して変化していきます。
 機械化時代は人間を含めたあらゆるものを商品化・機械化し、機構へ埋没させていきます。それをマルクス主義は批判していますが、芸術の面から不安の声をあげているのが表現主義などの諸派なのです。

 近代の「機械化時代」に生まれた芸術の一つで、映画があります。中井さんは当時極めて先進的で合った映画にも鋭い理論を加えています。映画、というのは思えば不思議なもの。「聖なる一回性」を持つはずの歴史を、歴史の中で再現しています。またコマに切断された空間はそれを繋げる人々の歴史的意識の方向性を要求します。映画は、それらを通じて見る人の人格の中に、歴史的主体性を撃発しているのです。

 また、「さやけさ」「わび」「幽玄」「すき」「いき」「きれい」など、時代によって様々な言葉に表される日本の美についても、興味を惹かれました。日本の美学は時代によって変遷しているように見えて、軽妙さ、重さ・汚れを切り捨てた自由な清新さ、虚ろだが緊張した静けさなどは通時代的に存在しているのです。
 
 理解の及ばないところも多くありましたが、新たな観点を得ることのできた、学び多い読書となりました。これを機に、哲学系の本にも少しずつ手を出して行きたいな、と思います。
posted by みさと at 00:06| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月08日

おせっかいな神々

 星新一さんのショートショート集です。星新一さんの短編集を丸々一冊読んだのは、恥ずかしながらこれが初めて。友人のおすすめで読みました。短いページに切り詰められた一つ一つの作品が、秀逸な諷刺画のようで、面白かったです。人の行動や社会の潮流の愚かさが諧謔に描かれています。ブラックユーモアは中学時代に好んでいたので、その時分に読んでいたら、ハマっていたのだろうな、と思いました。

 星さんの作品は、人の心情の機微には筆を割かないので、かなり硬質な雰囲気を感じます。それが冷笑的なブラックユーモアとよく合っていて、ある魅力を感じさせます。
 このような短編をそれこそ星の数ほど書くことのできる星さんの発想力には、本当に恐れ入ります。
posted by みさと at 20:46| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月05日

日本の美術5 民家と町並み 近畿

 宮本長二郎さんによる本です。近畿地方の民家について、建築史の側面から詳述されています。これまでなんとなく畿内でもどこどこの地域で形が違うな、とか、大和棟の立派なお家があるな、とかを街や村を歩いていて感じることはありましたが、実際に地域差はどのようになっているのか、とか間取りや構造がどうなっているのかをこの本を通じて知ることができて面白かったです。
 特に、広間型や整形四間型、前座敷三間型といった農家住宅の間取りの類型やその変遷、分布を学ぶことができたのが勉強になりました。
 小屋組などの構造の話をはじめ、知らない専門用語がたくさん出てきて、難しかったところもありますが、ちょくちょく調べながら読んで行くうちに、その辺りのことも多少わかるようになってきた気がします。
posted by みさと at 17:54| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(建築学/都市論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする