2018年05月29日

日本の風景 西欧の景観

 オギュスタン・ベルクの書いた風景論の名著です。読んだのが三月なので、二カ月越しの感想です。めちゃくちゃ溜めてしまっています、、、。
 ベルク は文化地理学者ということですが、絵画や建築をもとに風景論にアプローチしています。風景画というものは、その時代の人々(芸術家)の見る視線を分析できて、とても面白いですね。この辺全然知識がないので、絵画についても勉強してみたいな、と思いました。
 これまでベルクを引用している本を読んできたこともあり、内容自体は比較的知っていることや他の方が別の言い方をして述べている内容が多くはありました。しかし、いくつか初めて得る考え方も。
 人間には共通する「元風景」というのがあり、それが人々の好む風景の根幹になっており、文化によって様々な表象のされ方をしている、という話が序盤に出てきたのが印象に残っています。ユングの原型論に近いものがあって面白いです。
 これからの風景への示唆も興味深いです。彼は「造景の時代」を提唱しており、西欧近代の主客二元論を乗り越えつつ、自らの視線を客体化して風景を管理すべきと述べております。ポストモダニズム建築が陳腐な「まがい物」になりがちというのは良くある議論ですが、これから先どうしていったたら良いかを、理論と具体例を取り混ぜながら解説していくのが良いです。
 結構同じテーマの本を読んでいるので、割とわかりやすいと思いましたが、結構予備知識が必要とされている気がします。最後の「造景の時代」への提案は少し難解な印象を受けました。またこれから知識をつけて、完全に理解できるようにしたいと思います。
 風景について興味があれば、ぜひご一読を。
posted by みさと at 23:39| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(地理学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

孤高の人(上)(下)

 新田次郎さんの山岳小説です。地下足袋を履き、超人的な速さで一人山を歩く単独行の加藤文太郎が主人公。

 私はワンダーフォーゲル部で沢登りをしていますが、彼みたいな、少し世間離れした、偏屈な人間というのは、山をやる人間の一つの理想であるような気がします。なぜ山に登るのか。この本のテーマの一つもそれです。その理由は色々あるでしょう。加藤文太郎は、山を登ることで自らを見つめ直す、自らや自然と語り合う、と書いていたような気がします。そう言った認識は、多くの登山家にあるのではないでしょうか。世間からの離脱が目的の一つなのです。

 私はどうでしょう? 私は、ある意味人とのつながりを求めて山に行っているような気がします。山は本来的に人のいないところであるからこそ、そこで会える/一緒に行っている人と親しくなれる、という気がします。加藤文太郎が、他のパーティーに合流したがったのも良くわかります。高校時代、柏原の高尾山の山頂で、色々な登山者と一緒に長時間話し込んだこともたくさんありました。
 もちろん、美しい風景や自然の営みを全身で感じたり、岩や滝を攀じる時の興奮もあります。岩や滝。死と隣り合わせにあるからこそ、自らの生命が下界の何処にいるよりも輝いて感じ、自らのあり方を考える見方も変わりました。
 山は人から離れつつも、人に近づくことのできる両義的な場であると言えるかもしれません。



 ワンゲルの仲間ーー特に沢登りをしている仲間は、世間を少し軽蔑しているきらいがあります。世間から離れ、山に打ち込む「孤高の人」が一つの理想像であると感じます。

 私は加藤文太郎のような単独行はできません。簡単なハイクや縦走路ならば、一人歩き道ゆく人と言葉を交わすのを楽しむかもしれませんが、沢登りや岩登りのようなことは、仲間がいるからこそ、物理的にも精神的にも安心して、楽しむことができる気がします。私は「孤高の人」という登山者の理想からは、かけ離れた存在です。

 
 また所帯を持ち、山から離れていく終盤の文太郎を見ると、少し身につまされる思いもあります。私は古い家に生まれたからか「イエ」意識が高く、こんな危ないことをするのはイエや家族に対して無責任なのではないか、と自問自答します。加藤と順序は逆ですが、怪我で山を休んでいる間に恋人ができたりもしました。ハードな山と社会生活を両立することは難しいということはよく頭に浮かぶことです。後輩に、「先輩は守るべきものが多すぎる」と言われました。そうかもしれない。私は、他のワンゲラーと比べて社会的なつながりが多いです。
 そういうことでずっと煩悶しながら沢登りを続けてきました。皮肉にも膝を怪我し、ハードな山行からは強制退場ということになってしまいましたが、、、。


 色々自分の登山観について考えることのできる一冊でした。個人的なことばかり書いてしまいました。乱文失礼。
posted by みさと at 17:59| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月27日

細雪(上)(中)(下)

 谷崎潤一郎さんの小説です。船場の名家・蒔岡家の怜美な四姉妹とその恋愛・縁談を巡るお話です。

 谷崎作品で過去に読んだのは『陰翳礼讃』と『春琴抄』。『陰翳礼讃』では、その表現世界の美しさに魅せられましたが『春琴抄』ではその情緒世界の強烈さに圧倒され、しばらく敬遠していた作家さんです。
 昨冬のある日、友人らと映画「細雪」の上映会を行い、それがとてもよかったので、この本にも手を伸ばしました。とは言っても、この本を読んだのはもうひと月以上前のこと。忘れないうちに感想をつけなければならないのですが、だいぶ感想を貯めてしまっています、、、。

 上品な関西弁で紡がれる作品世界。(春琴抄などと比べても)とても読みやすいのですが、華やかな関西の上流社会が美しく描かれています。華やかな美しさの中に、どこか儚さが含まれているのは、作品自体の内容に加え、日本の円環しながらもいつか色あせてゆく無常の世界観が長い作品を通じて上手く描かれている(四季の移ろいと時代の経過、戦争のかげなど)からな気がします。
 この小説は関西という一地方を舞台としながらも、「日本」の美をよく表していると思います。関西は古来より天皇や貴族が住んでおり、日本の文化を育んできた場所(ーーただしただ文化的な中心であったというだけでなく、近代に「日本」の社会的構築の材料とされたところも大きいとは思いますが)でありますから、日本の儚き美を描くのに格好の舞台だったと思います。『細雪』が東京や山形を舞台にしていたらどうだったか、と思うとかなり違うものになった気がします。

 作品で描かれるのは関西の名家。裕福な暮らしに基礎付けられ、伝統的な文化的な趣味に飛んだ暮らしをする蒔岡家。
 私の実家も、蒔岡家ほどではなく、さらに商家ー農家の違いはありますが、大阪近郊で庄屋を務めた、それなりに裕福な旧家。曽祖父の代以前はそれなりに文化的な暮らしをしていたようで、蔵の中に先祖が詠んだ和歌が残っていたり、家に良さそうな掛け軸があったり、伯母がお茶を習っていたり、その残り香があります。しかし、農地解放での凋落や世代交代のタイミングなどで、もうその文化性を受け継ぐことはできていません(親戚づきあいや親戚の結婚事情などに社会的な性質は残っていますが)。だからこそでしょうか、過去の実家に重ね合わせて蒔岡家の生活を羨ましく思ったり、蒔岡本家の没落をみて胸が痛んだり、そして雪子の縁談にものすごく感情移入してヤキモキしたりしてしまいました。
 かなり好みでしたので、谷崎の他作品も読んで行こうと思います。
posted by みさと at 13:16| 奈良 | Comment(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

記事カテゴリ再編

 ブログのカテゴリを、読書系統の部分を再編しました。これまで作家ごとのカテゴリ分けでしたが、中学時代にミステリを愛好していた時の名残りが強すぎるので、今の読書傾向に合わせてまとめなおしました。

 小説は「ミステリ」「児童文学」「近代文学」「その他」に分けました。基本的に作家ごとの振り分けで、例えば綾辻行人の『Another』のようにミステリ作家が書いているエッセイやホラーはミステリに入れています。ジャンルが重複している作家さんはいずれか適当なところに入れています。江戸川乱歩は全部にかぶっていますが、「ミステリ」に入れています。宮沢賢治は「児童文学」に入れています。
 ミステリ出身ですがそれ以外の作品が好きでよく読んでいる作家さんーー宮部みゆき、新津きよみ、辻村深月は「その他」に入れていますが、また気が変われば「ミステリ」にいれ直すかもしれません。


 また従来小説以外を全部一緒にまとめていましたが、「地理学/社会学」「民俗学/人類学」「政治学/経済学」「他人文科学」「農学/林学」「建築学/都市論」「他自然科学」「その他」と分野ごとに分けました。結構曖昧なところは適当に割り振っています。
posted by みさと at 21:24| 奈良 ☁| Comment(0) | 更新履歴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

4月30日 元越谷 久々の沢登り

 たまには山の記録でも。去年の夏に膝を怪我して以来、あまり山に行けない日々(沢には全く)を送っていたのですが、4月30日に久々の沢登りに行ってきました。久々に行くととても楽しく、膝を怪我して以来一番テンションの上がった1日であった気がします。

 CLを務めたので、ワンゲルブログも私が書いたので、転載しておきます。詳しくは↓を参照です。

http://kuwv.seesaa.net/article/459121996.html
posted by みさと at 19:17| 奈良 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

死国

 坂東眞砂子さんの小説です。

あらすじ
 明神比奈子は20年ぶりに故郷の高知・矢狗村を訪れる。幼馴染の莎代里が18年前に事故死をしていたことを知り、衝撃を受けるが、さらにその母親の照子が彼女を黄泉の国から呼び戻そうと、四国八十八箇所を逆に回る「逆うち」をしていることに気づき、さらに愕然とする……。




 坂東眞砂子さんといえば、「伝奇」「民俗」「土俗的感性」などの文句にひかれ、小学生か中学生の頃に手にとったことがあります。『屍の声』だったかな。性に目覚めるか目覚めないかのその当時、そこに描写されている強烈な性の描写に衝撃を受けた記憶。最後まで読みきれなかったような気がします。
 そのころと比べると、私も(多分)大人になり、受け入れられるようになってきました。伝奇ものや民俗と「性」はかなり相性の良いというか、切り離せないもので、てらいなく強烈な性の描写を入れてくる坂東眞砂子さんの作風は、伝奇小説に素晴らしくあっていると思います。
 あらすじ自体はどこかにありそうな内容でしたが、一気に読めるくらい楽しめました。『屍の声』を再読したり、直木賞を受賞した『山妣』を読んだりもしてみたいな、と思います。


メモ的に、感想をまだ書いていない本のリスト
谷崎  『細雪』
ベルク 『日本の風景 西欧の景観』
フロム 『愛するということ』
posted by みさと at 10:17| 奈良 | Comment(0) | 読書(その他小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地名の研究

 柳田國男さんの地名にまつわる論文をまとめてある本です。地名の形成の仕方や、具体的に色々な地名がいかにして成り立っているのかが書かれています。利用地名、占有地名、分割地名の概念をはじめ、地名を考える上で必要な基礎的な事柄、また具体的な地名の成り立ちの考察などが書かれています。
 地名はそれぞれ独自性の強いもので、その地を調べるならばその地を入念に検討しないといけない、という念が頭にありましたが、当然色々な土地に共通の地名はあるわけで、、、。たくさん採集して比較検討しなければならない分野です。この本一冊を読むだけでたくさんの事例は頭に入ってくるので、地名を考えていきたい人には必読の本ではないでしょうか。
 柳田さんですが、地理学っぽい話、地理学の雑誌で発表した話が多いです。地域研究って民俗学、地理学、農村社会学など色々わかれていますが、結構重複するところも多いなー、と。


posted by みさと at 09:51| 奈良 | Comment(0) | 読書(民俗学/人類学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月02日

恋愛小説を愉しむ

 著者は木原武一さんです。ダンテやトルストイ、シェイクスピアなど、西洋の名著を引用しながら恋愛を考えていくという内容です。
 人が人生で経験できる恋愛は限られています。小説を読むことで、このような恋もあるのか、と思ったり、自らを重ね合わせて身を焦がしたりして、恋愛について自らの経験以上に知ることができるでしょう。
 この本は学問的に恋愛を考察する、というものではありませんが、名著のエッセンスがたくさん引かれています。実際の経験も、恋愛を主題にした小説を読むことも少ない私ですが、多少恋愛についての認識が深まった気がします。これまで西洋の名作を読むことがほとんどなかったのですが、惹かれたお話も多いので、これを機に読んでみるのも良いかなーと思ったり。
 読書感想ためてしまっています、、、。まとめていかないと。
posted by みさと at 18:03| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

乳と卵

 川上未映子さんの小説です。ふと本棚にあるのを見つけて読みました。関西弁の口語体の文章で、豊胸手術をしようとする母親と、母親に対して口をきかなくなった思春期の少女を描いています。
 関西弁の文章は文としては破綻しているところもありますが、不思議と読みやすく引き込まれます。
 同時に収録されている『あなたたちの恋愛は瀕死』はたまたま不幸な形で出会う男女の模様が描かれています。個人的には、こちらの方が好みかな。
posted by みさと at 16:39| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(その他小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本の愛国心

 佐伯啓思さんの本です。私の所属する学部の退官された教授さんの書いた本ということで読みました。
 「愛国」は近年力を増している論調であるように思えます。同時に、その反動のようなものも蠢いております。
 しかし、この「愛国」を唱える保守も、「愛国」を警戒する革新も、図式化された中、それ自体の理念というよりも対するものへのアンチテーゼとして存在しているような傾向があります。
 「保守」や「革新」がもともとの意味を考えると混乱した形で図式化されている(GHQ体制や安保体制の関係を考えればわかりやすいでしょう)ことは、それなりに理解し、考えていたつもりでありましたが、佐伯さんは第二次世界大戦の敗北を考究することでこの問題を深めています。「負い目を持つ日本の愛国心」という言葉にこのことは象徴されています。

 「愛国」の対象となる「国」とは何なのか?
 というのは、高校時代からずっと疑問に思っていたこと。ネイション=国民、市民社会なのか? 国家の統治機構なのか? 民族なのか? 「故郷」なのか?
 私が昔から浅はかな知識なりに考えていたことを、深く深く掘り下げてくれたような感じがします。私は愛郷心・「故郷」と愛国心・国家を厳格に区別し、想像の共同体としての国家というものへの信奉を批判していましたが、ある程度のところで結びついているということも気づかされました。
 国民国家における「ナショナリズム」の位置付けを整理できたのもよかったです。

 終盤の日本思想のところには、知識が浅く、なんとなくの理解しかできていない気がするのが心残り…。

 ナショナリズム、愛国心は安直な感情論に行き着きがちですが、この本のようなきちんとした論考を一冊読むことは、この問題を考えていく上で必要なことだと思います。
posted by みさと at 15:11| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(政治学/経済学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする