2017年09月24日

春昼・春昼後刻 春昼・春昼後刻 春昼・春昼後刻

泉鏡花さんの連作です。

あらすじ
 眠気を誘うような暖かな春の昼下がり、散策子は集落を歩いた後、ふと山寺に立ち寄る。彼は住職に、最近集落であった不可思議な恋の物語を聞くが……。




 春昼。ぽかぽかと暖かな陽気。とろとろと眠気を誘うようなのどかさを感じさせる舞台設定でありますが、鏡花特有の妖美さ、不気味さが感じられる作品です。
 白い半透明の幕を透かして見ているかのような、そんな気持ちにさせます。砂をつかむ、という描写が終盤にありましたが、それがこの物語を象徴しているようで。
 物語自体がうとうととゆったりとした夢のようでありましたが、最後急展開で終わりまうが、その緩急が素晴らしいところ。

――渚の砂は、崩しても、積る、くぼめば、たまる、音もせぬ。
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2017年08月01日

われも恋う

 堀田あけみさんの連作集です。収録作品は『両手一杯にかすみ草』『桔梗のかなしみ』『われもこう』『クリスマスの花』『グッバイ ナルシス』『So Many Roses たくさんの薔薇の花』です。

あらすじ
 大学生の俺は、自分が信仰するように恋する有紀子のために起こした行動をきっかけに、花屋でアルバイトすることになった。六つの花をめぐる、六つの恋の物語。




 サークルの本棚でふと手に取ってみた本です。殆ど恋愛小説というものは読んだことがなかったのですが、中々楽しんで読めました。
吾亦紅の花、個人的に好きで手に取ったということもあります。すぎもとまさとさんの歌もあってか、もの悲しいイメージが強い花ですが、この小説でちょっとだけイメージが変わった気がします。われも、また、紅い。
一番のおすすめは『両手一杯にかすみ草』ですね。女性の不器用さ、変化がとても良い感じ。強がって着飾る女性と可憐なかすみそうの対比も好きです。両手一杯のかすみそう、素敵ですね。
『桔梗のかなしみ』も、花のイメージと物語があっていてよいな、と思いましたが、「トルコキキョウ」は私のイメージしていた桔梗とは違うみたいで……。でも、ちょっとやるせなくて、切なくて、悲しい良いお話です。
 ちょっといじっぱりで古風な主人公とか、かすみ草に出てくる女性とか、これが書かれた1991年だからでてきた発想なのだろうな、と思いました。現代のジェンダー観とか文化とかだと全然違うものが出てくる気がします。現代なら、携帯電話――ましてやスマートフォーン、ラインがあって恋愛の形も全然違ったものとなっていることでしょうし(19歳でありながら去年スマホを持ってから恋愛したことがない、自分に苦笑いですが)。

 いつ役に立つことがあるんや、なんて思いながらも花言葉を覚えてみたいな、とも少し思いました。


評価:B
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2017年07月29日

子どもの隣り

 灰谷健次郎さんの短編集です。収録作品は『燕の駅』『日曜日の反逆』『友』『子どもの隣り』です。

あらすじ
 父子家庭の4歳の男の子の目に映る、周囲の人々の人生模様を描く(表題作)。幼なくも不安や孤独を抱える4人の子どもを描く掌編4話。




 幼児〜中学生の子どもの目線から世界を描いた小説。19歳の私にとって、子どもの世界って、近いはずなのに、不思議に遠く感じます。どの少年・少女の心にも共感できる一方で、なぜか自分がもう「子ども」でないということを強く思わされました。35や40のおじさんよりも、はるかに15歳や12歳、4歳の子どもの方が歳が近いにもかかわらず、自分がおじさんに近いと感じる場面も多くあったのです。そう、ぼくは子どもは経験したことがあり、おじさんは経験したことがないはずなのに……!  とても不思議に思う一方で、こうした気持ちも自分を既に「大人だ」と思い込むマージナルマンの幼い感想なのかもしれない、という気もします。
 『燕の駅』では、死の恐怖におびえる少女が母親に意地悪する様子が描かれています。優しさと残酷さ。不安さゆえに身内に意地悪してしまう一方で、他人には優しく接することができるという気持ち、よくわかる気がします。隣室のおじさんとの触れ合いを通して自らの病気と向かい合えるようになっていく。少女の成長と複雑な心理が緻密に描かれていて良い作品です。
 『日曜日の反逆』。「孤独なやつほど演技をしてみせるのかもしれない」。
 『友』の語り手である中学三年生の少女は、一番自分と年齢が近いということもあり、また「優等生」であったところもかぶって、最も感情移入して読むことができました。他人の物語に意識的に乗って喜ばせて見せたり、他者を無責任にも心の中で評価してみたり(しばしば他人と自分への嫌悪を伴って)、「優等生」であることを半ば利用して先生に少し反抗して見せたり。親を軽蔑しながらも愛していたり。昔の自分というどころか、今現在の自分にも同じ心理が当てはまる気さえします。自分と重ね合わせられるから、ということからかもしれませんが、この短編集の中ではこの作品が一番好きです。ちなみに、奈良くんの熱帯魚への愛について書いた素朴な文章がとても心に残りました。ほかの作品にも関西弁は出てくるのですが、自分が関西人ということもあり、関西弁がとても現実感をだして、良い効果となっています。
 『子どもの隣り』は、タアくんのかわいさがすごい! もちろん、灰谷さんのことですから、可愛い無邪気な子どもも単純な人間ではありません。子どもにとって、まして母親を物心つく前になくした子どもにとって、死と生の重たさというものは本当に著しいものでしょう。ベンチに座る老人たちとのやりとりで死について触れられるところ、特に認知症の描写などには、ぞっとする迫力があります(ここには、幼児と老人にとっての死の重さというものが全然違うということもあると思います)。不良少女のやりとりなどで、生き生きとした放埓な生活やセクシャルな描写から濃厚な生を暗示されているというのも一つのポイント。この世を埋め尽くす生と死の圧力を受け止めきれないタアくんの思いは、幼子の語彙の問題もあり「死ぬの怖いの」以上にはあまり語られませんが、最後の彼のつぶやきに凝縮されていると思います。「死んでも、死んでも、死んでも、死んでもいい。ここにおるもーん。死んでも、死んでも、死んでも、死んでもいい。また、生むもーん」

評価:A
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銀河鉄道の夜

宮沢賢治さんの童話集です。収録作品は『北守将軍と三人兄弟の医者』『オッペルと像』『どんぐりと山猫』『蜘蛛となめくじと狸』『ツェねずみ』『クねずみ』『鳥箱先生とフウねずみ』『注文の多い料理店』『からすの北斗七星』『雁の童子』『二十六夜』『竜と詩人』『飢餓陣営』『ビジテリアン大祭』『銀河鉄道の夜』です。

あらすじ(表題作)
 ジョバンニは周りから疎外されがちな少年。星祭りの夜、彼はザネリらにいじめられ、孤独をかみしめながら天気輪の丘で一人体を投げ出した。いつの間にか、彼は銀河を走る軽便鉄道に乗っていた。そこには親友のカンパネルラも乗り合わせていたのだが……。




 久しぶりの宮沢作品です。前半には平易な寓話的小品がたくさん収録されています。ほとんどが初読なのですが、どれもテンポよく、痛快に読むことができました。
 とりわけ、『注文の多い料理店』。有名なお話ですが、実際に読むのは初めて。日本の昔話かグリムの童話にありそうな、古典的で、しかしツボをついてくる物語でとても好きです。ねずみシリーズもわかりやすく、気に入りました。
 全体的に賢治の仏教に対する思いが見えてくる面もありました。彼の信仰心が特によく見えてくるのは『二十六夜』。このような作品も良いのですが、私がこの面で印象に残ったのは『蜘蛛となめくじと狸』と『ビジテリアン大祭』です。『蜘蛛となめくじと狸』では「なまねこ」を唱え、信ずるものを騙して併呑する狸が生臭坊主の象徴のように描かれており、かなり痛烈な風刺となっております。『ビジテリアン大祭』でも信仰の大祭が茶番と化しているという批判が込められている気がします。賢治は仏教を信仰する一方で当時の宗教の在り方について思うところがあったことが読み取れます。現在のいろんなこと(宗教以外も含め)にもあてはめらて、なかなか考えさせられます。
 『銀河鉄道の夜』は中学時代、学校の授業で初めて読んだ強く感銘を受けた小説です。幻想的な銀河鉄道の世界の中、散りばめられる死の気配。不安感、美しさ、儚さに包まれて恍惚と読み入ってしまう魅力があります。やや難解で解釈が分かれているところ(文章の順番も!)もありますが、それだからこそ無限に小説の世界が広がっているのかもしれません。

評価:A
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2017年05月27日

魔女の宅急便

 角野栄子さんの小説です。

あらすじ
 キキは魔女の娘。13歳のある満月の晩、黒猫・ジジを連れ、放棄に乗って飛びたった。独り立ちの日であった。キキはコリコという海辺の大きな町に降り立ち、「魔女の宅急便」屋さんを開いたが…。




 13歳の少女がいろいろな人に囲まれながら、少しずつ大人になっていくのがよく描かれていました。幼さ、おてんばさと可愛さ、そして時々覗く「大人」の萌芽がとてもよく伝わってきました。
 空を飛びたい不器用なとんぼくん、好きなひとに恋文を書く女の子、なんにでも腹巻を作ってあげるおばあちゃん…。ほかの登場人物たちも、皆どこか可愛らしくて魅力的です。正月や春の音の話といったストーリーの展開もほのぼのとしていて良い感じです。
 また魔女の魔法がだんだんと失われていっているという描写が印象に残りました。伝統の価値が云々を議論されるまでもなく、「めんどくさい」などの無邪気な、無垢純粋な心情から文化や伝統が失われていくのだというのが象徴的に描かれている気がしました。私は文化主義的な考え方をしがちなのですが、その消失は責められるようなものではないのが難しいところであります…。
 とにかく、読んでいて楽しく癒される一冊でありました。

評価:B
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2017年05月13日

精霊の守り人

 上橋菜穂子さんのファンタジー小説です。

あらすじ
 バルサは熟練の女用心棒。ある日川に落ちた新ヨゴ皇国の第二皇子・チャグムを救う。そのことをきっかけとして、バルサは精霊の卵を体に宿し、父に狙われるようになったチャグムを護衛することになるが…。




 妹が好きな作品で、中高を通して友達からも何度かおすすめされていましたが、大学生となった今になってはじめて読みました。昔はファンタジーが苦手で、どうも読むのが照れくさいと思ったり、中学時代宮部みゆきさんの『ブレイブストーリー』に挫折したりした経験もありましたが、大変楽しく読むことができました。中学時代などは「この年になってファンタジーは、、、」という風に考えていたのですが、今思えば背伸びしてかっこつけているようで、そのことを思い出す方が照れくさいです笑
 さて、この小説の読みどころは、精緻に作られた世界観。文化人類学者というだけあって、特に先住民族・ヤクーの風俗描写が物凄く上手です。家に入る敷居の前で二度足踏みする厄落としなどの風習やヤシロ村の立地・地形・衣食住の描写などがきわめて具体的にかつわかりやすくあらわされており、立体感といいますか、世界が生きたものとなっている気がします。特に鳥<ナージ>の骨を垂らした村境の道切り縄の持つ意味合いは物語の根幹にかかわっており、作者が民俗習慣の観察に慣れていることがよくわかります。
 またヨゴ人とヤクーの関係は、現実世界の国家を思わせます。ヤシロ村などの国家周縁部においても先住民族と支配民族の混血がおこなわれ、「ヤクー」が消滅しようとしている。言語はヨゴ語に統一。風習もクレオール化が進む。しかし、それでいてなお、首都のヨゴ人はヤクーを蔑視している。豊作を祈る夏至祭りの持つ意味も帝祖の偉業を称えるものに変化している。こういうところも、筆者が背景とする文化人類学が強く活かされていて良いです。ある意味この小説を読んだのが大学で文化人類学を少しかじってからでよかったとも思えます。
 バルサが無敵の超人ではなく怪我もし、また星読博士たちが権力闘争に熱を上げたりしているのも、人間臭くて、物語の立体感を助けています。
 テンポの良い物語進行、覇気のあるアクションシーンもあり、かなり読みやすく、読んでいて爽快でした。また続編も読んでみたいです。

評価:A
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2017年04月20日

コンビニ人間

 村田沙耶香さんの小説です。

あらすじ
 古倉恵子は就職もせず、コンビニバイトを続けて18年になる。36歳で、未婚。子供のころから「普通でない」と言われた彼女が「普通」として生きられるのがコンビニバイトという形であった。しかし、彼女が「普通のコンビニ店員」として18年も働き続けるのは「普通でない」と周囲の人は思っており…。




 去年だったか、芥川賞を受賞した作品ですね。「普通であれ」という社会の要請は確かにあります。思春期などはそれをあえて逸脱しようとしたり、それを超えると、その要請に従おうとしたりするものであります。
私は幼いころ、その要請に恐らく気づかずに無視し続け、恵子さんのように「変わった子」と思われたり、中学時代はその世代の子供にありがちなようにあえて抜け出そうとしたり(いわゆる中二病ですね)…。一転中学の終わりごろからは普通であろうとあがいていた記憶があります。一度立ち位置が成立した後普通に戻ろうとするのは極めて難しいものでしたが。特に中高一貫校だったので、心理の変化に応じて立場を変えるのが容易ではありませんでした。
 今ではよくも悪くも人の望む「普通の」大学生に成り下がっている自分に気づきます。それがいいのか悪いのか…真実の自分は「普通」なのか、そうでないのか…。しかし、人はそれ単独で存在できるというわけではなく、他者や世間とのかかわりの中で自己というものを形成しているということを考えると、やはり「普通の」今の自分が自分であるのでしょう。恵子も「普通」から逸脱しているとはいえ、周囲の人の影響を受けながら彼女の「普通」でない自己を形成している。それって何か皮肉な気がします。
 「普通」というものを深く考えさせる良い作品でした。

評価:A
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2017年04月18日

D坂の殺人事件

 江戸川乱歩さんの短編集です。収録作品は『二廃人』『D坂の殺人事件』『赤い部屋』『白昼夢』『毒草』『火星の運河』『お勢登場』『虫』『石榴』『防空壕』です。

あらすじ(表題作)
 私はD坂にある喫茶店「白梅軒」で変わり者の友人・明智小五郎と話しながら珈琲を啜っていたところ、向かいにある古本屋の異変に気付く。駆けつけると、古本屋の細君が首を絞められて倒れていた…。




 久しぶりの乱歩作品です。ワンゲル合宿のお供に読みました。推理小説を中心に、色々な作品が収録されています。ちょっとネタバレ注意かもしれません。
 収録作品の中でも一番有名なのはやはり表題『D坂の殺人事件』でしょう。明智小五郎の初登場作品。中学時代(ですから五年ほど前?)に読んだことがありましたが、意外と結末を忘れているものでした。ミステリマニアだった中学生のころを思い出して少し懐かしい気分になったり…。
 『二廃人』も以前読んだことがありましたが、それでも結末には唸らされました。個人的には『D坂〜』よりもこちらのほうが好み。
 『赤い部屋』。気味の悪いブラックな話。こういうテイストが乱歩の醍醐味ですね。どんよりとした夢幻の空気が陳腐な本性を現すという結末も示唆的で、架空の小説の儚さを感じさせて好きです。
 『白昼夢』『虫』はよく似たテイストのお話。大人向けの乱歩小説らしい、とことんグロテスクながらもどこか美しさを持ったよい作品です。
 『毒草』は当時の貧しい庶民の暮らしを黒く痛烈に描き出した話でした。
 『お勢登場』は他作品ほどの後味の悪さはありませんが、かなり完成度の高いお話な気がします。乱歩版『玄鶴山房』といったところか。主人公の悲惨な運命にかなり辛くなります…。
 『火星の運河』は少し幻想的な、乱歩にしては異色の作品。と思いきや肉感的な美しさ、気味の悪さがあり、やっぱり乱歩。なかなかに好きな掌編です。
 『石榴』はザ・推理小説といった感じ。『二廃人』と同じ空気を持つ佳作です。
 『防空壕』も異色作です。切ないような、恥ずかしいようなお話。
 どの作品も短いながらも、それぞれ読み応えのある良作ばかりでした。久々の乱歩ワールドを満喫できてよかったです。

評価:B
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2017年02月20日

四畳半神話体系

 森見登美彦さんの小説です。

あらすじ
 私は京都大学の三回生。バラ色の大学生活を夢見ていたが、実際のそれは無気力と暗い情熱に包まれた奇妙なものとなっていた。唾棄すべき親友で宿敵でもある小津、孤高な後輩の明石さん、超然とした不思議な自由人・樋口師匠に囲まれて送る私の奇天烈な青春物語。




 京大生の教養のようなところのあるこの小説。大学一回生も終わろうとする今頃、妹に勧められてようやく読みました。
 現実の京大生はここまで奇天烈な生活を送っているわけではありませんが、主人公の感情は京大生男子ならある程度共感できると思います。女っ気もなく(男女比4:1だから仕方ない^^;)、勉強にも左程熱心というわけでもなく、おふざけと怠惰で結構な時間を過ごしてしまう…。作中の主人公はよくいる京大生像を強調しつつも忠実に再現している気がします。
 この小説で示されているのは、人生多少の選択の違いがあっても結局のところ境遇はそう変わらないということ。絶対そうというわけではないでしょうが、自分の性格が変わるわけではないのですから、ある程度真な面もあると思います。「あのときこういう選択をしていれば…」という後悔をすることはよくありますが、ひょっとしたらその選択をしていたとしても現実と最終的な結果は変わっていなかったのかもしれない…。そう思うと、行動判断をもっと思い切って為すことができるようになる気がします。
 ちなみに実在のお店や町名が登場してニヤニヤとしてしまうのもこの小説の醍醐味の一つ。猫ラーメンというのもどうやら実在するようで……。

評価:B
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2017年02月16日

夜叉ケ池

泉鏡花さんの戯曲集です。収録作品は『夜叉ケ池』『海神別荘』『天守物語』です。

あらすじ(表題作)
 三国岳の麓、琴弾谷。萩原晃は妻・百合とともに鐘楼守をしていた。明六つ、暮六つ、夜中丑満に一度ずつ撞かねば、山奥にある夜叉ケ池の水があふれて田地田畠、陸という陸が水に呑まれるという伝説があるのだ。村の信仰も最早廃れ、百合と外から来た自分だけが迫害されながらも鐘の信仰を守っていた。ある旱の夏、晃の旧友の文学士・学円が偶然訪れたが……。




 最近はまりつつある鏡花さんの戯曲。夜叉ケ池、三国岳はワンダーフォーゲル部で訪れたことがある場所でありまして、そのときまでにこの本を読んでいたならばもっと楽しめたのに、と悔しく思うところであります。夜叉ケ池までは登山道もあり、ミニアルプスといった体で景色も美しいところでありました。ところが池を抜けて三国岳のほうへ参りますと、次第に道も消え失せ、完全なヤブ山になります。ワンゲルは精神力の鍛練とルートファインディング(読図)能力の強化のためわざわざヤブに突っ込むなんてことをしているのです。あの時は『夜叉ケ池』という作品の存在は知っていたのですが、「ここが鏡花の戯曲の舞台か」という感慨も何もなく、「ヤブ!痛い!辛い!」みたいな感じでうんざりとしながら歩いていた記憶があります。
 閑話休題。『夜叉ケ池』、かねてより聞いていた通りの名作でした。人の手も入らないヤブ山の鞍部にある涸れることのない大池。未知の領域が大きく神秘性を帯びており、このような小説の舞台にぴったりです。失われつつある伝説を巡って行われる村人たちと晃たちの応酬が個人的には一番の良い場面だと思います。昔話ではなく、現代(執筆当時)を舞台としているのもポイントですね。
『海神別荘』は人間の小ささ、浅ましさがややSFチックな物語を舞台に描き出された佳作。舞台設定としてはSFに近い話なのに、ヴェルヌなどの雰囲気とは全然違います。鏡花の美しい文体ではまた日本の民話であるかのような印象を受けます。
 『天守物語』は人ならぬ者たちの描写が中心のお話。彼女らの美しさ、そして気味悪さが鏡花らしい文体でじわりと沁みてきます。ちなみに、作中で夜叉ケ池の話が出てきておっと思ったり。後半にて妖美な夫人が人間の乙女のように恋い焦がれる様子の描きっぷりはは本当に流石といった感じです。
 鏡花作品のいずれにも言えることなのですが、鏡花は起承転結の「転」が上手だと思います。美しさはそのままに物語が急展開していくダイナミズムは鏡花作品の大きな醍醐味なのかもしれません。

評価:A
posted by みさと at 15:36| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(その他の著者) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする