2019年03月14日

図説|伊勢神宮(松平乘昌監修)

 松平乘昌さん編の図説的ハンドブックです。伊勢神宮についての基本的知識と伊勢神宮の展覧会における図録的な意味をもって刊行されたものだそうです。執筆陣も学芸員の肩が連なります。松平氏自身は学芸員ではないようですが、展覧会などの企画・監修に多く関わられている方だそうです。美術/歴史の資料の図版たっぷりに伊勢神宮についての歴史的知識をわかりやすく学ぶことができました。絵地図や参詣曼荼羅なんかは眺めているだけで楽しいものです。
 お伊勢詣りの予習として読みました。3時間ほどで読了できたので、ちょうど良い感じ。神宮徴古館、農業館、美術館には行きそびれたので今度参拝するときにはぜひ訪ねてみたいです。
posted by みさと at 16:45| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(美学美術史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月27日

崇高の美学(桑島秀樹)

 なぜだか、春休みは思想系の本ばかり読んでおります。登山家として、山岳美学を巡ってよく取り上げられる「崇高」の概念を詳しく知りたくて手に取りました。
 この本の著者の桑島秀樹さんは阪大文学部美学科の出身で、現在は広大の総合科学部の教授をされている方。バークや崇高美学を巡る研究で功績を残されているそうです。
「崇高」とは、バークにより一つの美的カテゴリーとして定位され、カントによって厳格に体系化された概念で、苦・恐怖の中に沈潜していくうちに(カントにおいては、自らの「理性」を見出し、)反転的に創出される快の形であります。
 例えば、アルプスの山脈を訪れ、その圧倒的な量感を感じ、押しつぶされそうな、恐怖に打ち震えながらも、そこから感じられる、ある種の快。あるいは、石や岩、さらに現代においては鉄やアルミのような、無機物やそれで作られた人工物を見たときに感じられる、生への拒否感の恐怖、気味悪さの中から感じられる快。

 一番面白かったのが、3章「山と大地の崇高『崇高』 カントの人倫的崇高を迂回する道」における、崇高と「地」の結びつき。筆者はアルプスの山岳風景画などを描いたターナーを分析するラスキンの理論(地質学的視線)を通じて、崇高が「天」ではなく、「地」と深く結びついていおり、さらに日本の登山文化をめぐって、沢登りや藪漕ぎをピークハンティングと対置して「地」に沈潜する「崇高」を求める行為であると述べております。
 一般的に「天」をイメージするアルプスなどについても、ジンメルやラスキン、ターナーは、その著述、作品において大地に注目しているのです。

 私自身、沢登りや藪漕ぎをしておりますので、それらの崇高性は直感的に納得できます。しかし、作中で述べられていた冠松次郎や川崎精雄の感性とは、少し異なるような気もします。彼らは、地に沈潜する際、陶酔的で、自然の生の中に融解していくような美を述べていますが、私は彼らより臆病なのか、とりわけ沢登りをしていると、一歩踏み間違えば、集中力を切らせば死の世界へと転落していくのに恐怖を感じます。そこにあるのは、むしろラスキン=ターナー的な、あるいは、カント的な、苦や死の中に見出す快、「崇高」と言っても良いと思います。
 滝や岩の登攀。岩の割れ目を、凹凸を探り、つかみ、慎重に体を上げていく。あるいは、巻き(突破できない滝などを避ける行為)。どろどろの斜面に手を、足を突っ込み、木の根をつかみ、手足に精神を集中させ、這い上がっていく。
 体の、心の全てで、大地と、そして、自らの理性と、本能と、対話しているように思えます。

 他分野の本で、どうしても前提知識が不足しているため、理解が浅薄にとどまっているのは否定できませんが、「美学」という分野が、哲学の中でも実感を持って理解できる面が強いこともあり、楽しく読むことができました。他分野の、全然違う論理構成を知るのも興味深いし、良い勉強になりました。
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2018年10月11日

西洋美術史(高階秀爾監修)

 高階秀爾さん監修の美術史の概説書です。絵画を中心に、建築・彫刻についても触れています。
 教科書的で少し読みにくいところもありましたが、通史的に原始時代から20世紀末に至るまでの流れを概観することができました。特に現代美術について触れている本を読んだのは初めてで、そこがかなり新鮮でした。
 やはり通史を200頁に詰め込んだ概論だとイメージの湧きにくい部分も多く、必要に応じて各論を勉強しないといけないな、と感じました。本の末尾に各時代の参考文献表がついているのがありがたいです。
 印象派やシュルレアリスムの作風がお気に入りなので、この辺からかなぁ。現代美術についても、本があればまた。
 他で勉強中のモダニズムの思想と関連させながら、風景画を中心に絵画史をもう少し知識をつけていきたいと思います。
posted by みさと at 08:31| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(美学美術史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

美学入門(中井正一)

 中井正一さんの本です。私は風景論を専門としたいと考えているのですが、風景には眺めを審美的評価するという意味合いが少なからず含まれています。これまで建築・地理学系からのアプローチが多かったのですが、風景の「美」を考えるためには哲学系の学問である美学の本も読んでおきたいな、と思い、手に取りました。
 とはいえ、思想系の知識が浅いため、やはり表面的理解にとどまっていたり、理解しきれていない部分も多くあります。カント、ヘーゲルなどの知識があれば、もっと理解が進むのでしょうが……。高校倫理の資料集を読んで、広く浅く西洋の思想史を抑えて置こうかな、と思います。

 いくつか印象に残ったことを書き留めておきたいと思います。

 モダニズムの美学への表れについて、知れたことが一つ。この本は1951年の本ですから、今よりもモダニズムがずっと近いところにあります。ものすごく新鮮な視線で、「機械化時代」である近代を論じています。ルネサンスで個人や主観というものが目覚めますが、近代、社会機構の発達、全体主義の台頭などに伴い、再びそれらは解体されて行きます。ダダイズム、シュールレアリスムなどの絵画の描かれ方も、それに対応して変化していきます。
 機械化時代は人間を含めたあらゆるものを商品化・機械化し、機構へ埋没させていきます。それをマルクス主義は批判していますが、芸術の面から不安の声をあげているのが表現主義などの諸派なのです。

 近代の「機械化時代」に生まれた芸術の一つで、映画があります。中井さんは当時極めて先進的で合った映画にも鋭い理論を加えています。映画、というのは思えば不思議なもの。「聖なる一回性」を持つはずの歴史を、歴史の中で再現しています。またコマに切断された空間はそれを繋げる人々の歴史的意識の方向性を要求します。映画は、それらを通じて見る人の人格の中に、歴史的主体性を撃発しているのです。

 また、「さやけさ」「わび」「幽玄」「すき」「いき」「きれい」など、時代によって様々な言葉に表される日本の美についても、興味を惹かれました。日本の美学は時代によって変遷しているように見えて、軽妙さ、重さ・汚れを切り捨てた自由な清新さ、虚ろだが緊張した静けさなどは通時代的に存在しているのです。
 
 理解の及ばないところも多くありましたが、新たな観点を得ることのできた、学び多い読書となりました。これを機に、哲学系の本にも少しずつ手を出して行きたいな、と思います。
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2018年06月20日

すぐわかる 日本の絵画(守屋正彦)

 守屋正彦さんの日本絵画入門書です。この間読んだ西洋絵画に次いで、日本絵画についても学んでみたいな、と思って簡単な入門書を借りました。
 ざっくりと歴史を概論することができました。水墨画が昔から何となく好きだったのですが、これを読んで、興味の世界が広がりました。狩野派の金雲を効果的に使うのも良いですし、やっぱり水墨画の長谷川等伯の松林図屏風が一番好きです。
 西洋絵画、日本絵画の歴史を概観したので、次は美学の入門書を読んでみたいなー、と。昨年中井正一さんの本を古本で買っているので、それを読もうと思います。
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2018年06月05日

知識ゼロからの西洋絵画入門(山田五郎)

 山田五郎さんの本です。有名な西洋絵画と画家について、歴史を踏まえながら解説している入門書です。
 私はオギュスタン・ベルクなどの風景論の本をよく読むのですが、最近そこでしばしば取り上げられる絵画についても知りたいと思うようになってきました。絵画はその時代の空間認識がよく表れる媒体の一つであるからです。
 恥ずかしながらこれまで美術館に行くことも少なく、絵画についての教養が皆無でして、簡単な入門書から学んで行こう、と思いこの本を図書館で借りました。

 ルネサンスから現代に至るまで、絵画の歴史の大まかな流れが理解できましたし、実際絵を見ていてとても面白かったです。なんとなく見たことある絵画もいろいろ意味合いを持って感じられるようになってきます。
 個人的には、印象主義が一番好きで、モネの「日傘をさす女」がとても気に入りました。
 ミレーの「晩鐘」、モローの「出現」なども好きです。マニエリスムの不思議な魅力も、、、。これをもとに、いろいろな画家さんについて掘り下げていきたいです。
 専門書でもない一般書を借りるのが久しぶりで、借りるのに少し恥ずかしさを感じてしまったり。。中高時代、漫画を読んでいるのを人に見られるのが少し嫌だったみたいな感じです。とはいえ、知識ゼロの私には中々学ぶことが多くて、本当に為になりました。
posted by みさと at 16:27| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(美学美術史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月19日

「かわいい」論(四方田犬彦)

 四方田犬彦さんの本です。世間で氾濫する「かわいい」について、様々な観点から考察している本です。何かあればすぐに「かわいい」という言葉が飛び出る今のご時世。
 私自身、何かを「かわいい」という感覚がかなり遅くまで(高校時代まで?)なく、割と今でも「こういうものが世間でかわいいと言われるのだろう」という念をどこかで持ちながら「(あれって)かわいいね」などと言っています。ぬいぐるみや動物、赤ちゃんをかわいいと思う気持ちは、どこか相対視する気持ちがあるものの生じて来ました。どうも冷めてはいるのですが、トトロをカバンに吊したり、部屋にぬいぐるみを少し置いたりしています。
 しかし、女性をかわいいという気持ちは今でもよくわからないよく友人達が女の子をさして「あの子可愛いよな」といいますが、僕は女の子がかわいいというのがわからないまま。適当にうなずいたり首をかしげたりしています。自分の恋人ですら、愛おしいとこそ思え、かわいいという感覚はあまりわからないです。

「かわいい」という感情には、未成熟、弱い、小さいものを慈しむという、ある意味上から下を見下す政治性を帯びているということが書かれていました。男性が女性に対して「かわいい」と思う気持ちには、身長差による眼差しが影響しているのだということもあると言います。私が女性に対して「かわいい」と思う気持ちがあまり生じないのは、女性に対して、対等か自分が下に位置するような関係を築いてきたからかもしれないな、と思ったり。

 「かわいい」がグロテスクと深く結びついているというのも、面白い指摘でした。赤ちゃんやぬいぐるみなどの特徴を考える。大きな目や小さな頭身。確かに、身体的な不均衡、逸脱は、可愛いの要素であります。しかし、これを認識することは、「かわいい」を祀る現代人にとって、とても残酷なことのような気がします。自分の中で納得はしますが、社会の上ではある意味タブーであると思います。

 「かわいい」について考えること。社会でみんなが信じていることの虚構(と言っては言い過ぎではありますが)を暴くことであります。もっと深い論を考えてみたいと同時に、それが恐ろしくもあります。
posted by みさと at 19:20| 奈良 | Comment(0) | 読書(美学美術史) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする