2019年05月20日

古典文学に見る吉野(片桐洋一ほか)

 桜トラスト運動記念講演会が元となった本で、国文学系の研究者の方が文学作品に表象された吉野(の桜)を分析した講演が並んでおります。収録は、片桐洋一「歌枕・吉野」、久保田淳「西行の世界」、井上宗雄「南北朝動乱期の文学と吉野」、島津忠夫「吉野と芭蕉」です。片桐さんは以前紹介した『歌枕を学ぶ人のために』の編者ですね。
 「紅葉」の龍田と対になり、吉野は「桜」と関連づけられて詠まれることの多い歌枕であります。この本は吉野の表象史が概ね時代に沿うように並べられており、万葉集〜芭蕉までにいたる吉野の表象史が押さえられます。万葉集や古今集の時代には、仙境になぞらえられたり雲や雪と結び付けられて詠まれることが多かったのですが、後撰集あたりから桜との結びつきが増えてゆき、西行によって桜との連関が確立され、以後の文学にも西行の影が及ぶと言う流れであります。雲や雪と桜は互いにたとえ合うことができる景物であり、桜の連想が成立したのだと想定されます。

「和歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの、聞くものに託けて、言ひ出せるなり」と古今集の仮名序にあります。和歌の世界では、地名はただの歌の背景ではなく、人々が心に思うことを伝える媒介でありました。実景と表象は時に離れ時に交わり、互いに影響しあいながら、今の「吉野の桜」「桜の吉野」を作っています。風景というものは、社会的記憶を通じて現れる。そうした様に、私は魅力を感じます。文学の勉強は殆どしたことはありませんが、表象文化論というものにはとても心惹かれ、時々関連する本を読んでおります。
 卒業論文では紅葉の「龍田」についての造園史的研究を行おうとしておりますが、文学的なアプローチもできたら良いなぁ、と思ったり。修士になったら、国文学の勉強にも手を出してみたいものです。
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2019年04月18日

歌枕を学ぶ人のために(片桐洋一編)

 世界思想社の「◯◯を学ぶ人のために」シリーズの一つ。歌枕となっている地域に対する場所イメージの変化を卒論のテーマの案として考えているというのを動機に読みました。構成としては、歌枕の概説があった後、一章ごとの読み切りで歌枕の史的展開が5章、地理的展開が9章、諸国歌枕の一覧、歌学書・歌枕書の解題、主要参考文献の解説となっております。

 歌枕というと、吉野といえば桜、龍田といえば紅葉のように、特定に景物と結びつく名所と言った認識をされることが多いですが、元来(平安期くらいまで?)は枕詞や序詞も含んだ、歌語一般を指す言葉でありました。

 名所としての歌枕の意義は時代とともに変わってゆきます。万葉集の時代には「近江」ー「逢ふ」のような掛詞の出現に一般的意味、象徴的意味の萌芽は見て取れますが、基本的に実景との結びつきの中で地名表現がなされてきました。
 古今集の時代になると、歌枕は実景から離れてゆきます。縁語・掛詞が多く使われるようになり、地名の持つ自然的事物と人事的現象を音声的に結びつけて詠んだり、また本歌取りにより、特定の自然的事物と人事的現象の結びつきが一般に膾炙したりすることで、地名は歌枕となっていく、すなわち、特定の観念、象徴的意味が伴うようになったのです。また屏風絵を題に詠歌する「屏風歌」も歌枕と実景の乖離を助長しました。
 中世、十三代集の時代になると、掛詞を離れて歌枕が初句にくることが増え、情景の描写のため、イメージをはじめに提示するという傾向に変わってゆきます。

 時代による差異はあるものの、国文学的な概念である「歌枕」は、ある意味を伴った土地であるという点において、地理学や建築学の「場所」「ゲニウス・ロキ」の概念と通ずるところがあります。この本の執筆陣は、全員が国文学系の研究者で、地理学者や建築学者は一人もいませんでした。
 私自身は建築(史)学の学生ですが、国文学の論考をうまく取り入れ、なんとか歌枕となった名所の持つ意味合いの史的な変化について、双方の理論を合わせて何か意味のあることを叙述したいと野心を抱いております。とはいうものの、私自身に国文学的な素養が薄いし、いま対象地として考えている「龍田川」についての先行研究、また近代造園史的な史料が少なそうで、中々難しそう。どうしていこうか、悩ましいところであります。ともあれ、資料集めに励まないと。
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2019年04月07日

詩的思考のめざめ(阿部公彦)

 阿部公彦さんによる詩論です。詩に抵抗感のある人も含む、一般向けに書かれております。日本の現代詩への入門書とも捉えることはできますが、阿部さん自身はそれを否定しており、「名前をつける」「声が聞こえてくる」ことなど、日常にも詩的思考は潜んでいるということを強調しています。実際、ピンクレディーの「ペッパー警部」や宮沢賢治の『なめとこ山の熊』のように、詩以外の題材を取り上げたりも。阿部さん自身の専門は英米詩ではありますが、文学一般に対して多く著書を書かれており、その広がりが納得できます。
 前半は詩的思考がいかなるものであるか、日常生活との関わりなどを詩を含む幅広い文学作品を取り上げながら考察している一方で、後半は実際の詩がいかに振舞っているか実際の詩一つ一つを取り上げながら解説を加えています。文体としては平易かつふわっとしたもので、この本を読んで厳密に詩を読み解けるようになった自信はありませんが、なんとなく詩を味わう面白さが増した気がします。

 この本を読んだきっかけは、最近、京大詩人会の人との交流ができ、触発されて「詩」というものにひかれていることからでした。私が普段読むのは基本的に小説ばかりで、詩歌には馴染みが薄かったのですが、これからは積極的に読んでいきたいです。この本を読んで、いくつか気に入った作品もあったので、そこから広げていければと思います。金子光晴「おっとせい」、萩原朔太郎「地面の底の病気の顔」、伊藤比呂美の「きっと便器なんだろう」あたりが好きです。
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2019年01月14日

桜の文学史(小川和佑)

 小川和佑さんの本です。古代から現代に至るまで、文学作品を紐解きながら、桜の受容の歴史を探るという内容です。
 小川さんは詩人・高校教諭から近代文学の研究者でかつ文芸評論家に転向された方。この文章も、学問書のようでもあり、評論のようでもあります。

 桜というと、何を想像するでしょうか。賑やかなお花見? 可憐な女身の象徴? 梶井のような死の桜? あるいは、武道における滅びの美学? 思えば、私たちは桜に本当に様々なイメージを与えています。この本は、文学作品を古代から、樹種の移り変わりと照らし合わせつつ通史的に読み解くことで、どのようなイメージがいつ頃形成され、移り変わっていったのかを明らかにしています。
 小川氏は、従来桜の受容史が描かれることはあったが、結局軍国主義的なナショナリズム宣揚のイメージとしての桜に落ち着いてしまうことに危惧を抱き、通史を描いて様々な「桜」像を確認することで、それに反論しています。
 「国華」としての桜イメージは、歌舞伎の舞台で生まれた悲壮美が本居宣長によって国粋的なイデオロギー色を持ち、明治以降富国強兵策に取り込まれていった、極めて歴史の浅いものであると小川氏は述べております。

 私はつい先日坂口安吾の『桜の森の満開の下』を読み、死の桜、狂気の桜に強く魅せられらのですが、この本を読んでいて、もっと様々な表象の中に浸ってみたいと感じました。

 また私は建築史の研究室に所属しており、造園史にも興味があるのですが、その視点でもこの本は面白かったです。造園史は考古学的資料を使うことが多いイメージが強いですが、文学作品から読み解くのもとても面白そう。後期万葉の時代、官人たちはそれまで詠んできた自然を邸内に移し替えたということや、鎌倉を生涯出ることのなかった実朝が、歌を詠むのに吉野山のミニチュアを作って空想に現実感を与えたなどのトピックも興味深いものが多かったです。

 参考文献リストがないのが惜しいくらい、いろいろと知的関心の湧いてくる一冊でした。またこれを元に、いろいろ文学作品や研究書を読んでゆきたいと思います。
posted by みさと at 15:56| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月28日

阪神文化論(川本皓嗣/松村昌家監修)

 川本皓嗣さん、松村昌家さん監修の本です。「大手前大学比較文化研究叢書」の第5弾で、大手前大学の人文系学部の先生方が「阪神間」をテーマに、様々な内容の論文・エッセイを書いたという内容になっております。
 収録作品は川本皓嗣「歌枕の詩学」、杉橋陽一「松瀬青々論」、辻一郎「谷崎潤一郎と阪神間 そして三人の妻」、岩谷幹子「「記憶の場」としての『吉野葛』」、松原秀江「桜と桜守」、尾崎耕司「昭和初期の神戸における青年団運動について」、松村昌家「A・B・ミットフォードと神戸事件」です。

 多くが文学系、最後二編が歴史系の内容。一応「阪神間」をテーマとはしていますが、阪神間モダニズムーー阪神間の郊外文化とはあまり関係の薄い内容も多かった印象。大阪や神戸それ自体を扱った論文もいくつか含まれています。
 近代都市史を専門とする先生の下で場所論の研究をしようと思っている私にとっては、かなり勉強になった一冊です。
 初めの川本さんの歌枕の話は、国文学をほとんど勉強していない私にとって、国文学に基づく「歌枕」ーー社会的記憶としての場所の一つの形ーー研究の方法論を知ることができてよかったです。具体的な「芦屋」を取り上げて歌枕を論じており、本当に参考になります。
 岩谷さんの『吉野葛』論は、「場所」論に深く踏み込んだ内容ではありませんが、「場所」を取り扱った文学を論じた論文として、読んでいて面白かったです。記憶の形を「コミュニケーション的記憶」ーー口承ーーと「文化的記憶」ーー文章、建築などーーに分類する手法を用いて『吉野葛』を分析するというのはとても興味深いやり方。民俗学と歴史学の違いによく似た理論で、これが文学研究にも使えるのか、と目から鱗でした。自由間接話法のもつ意味についても勉強になりあmした。
 松原さんの扱う論文を読んでいて水上勉『桜守』に滝が出てくることから、ふと調べてみると、笹部新太郎の桜園には遡行対象となりうる沢ーー武庫川水系「西ノ谷」があることを知って、ワンゲルの私としては興奮しました。春になれば行ってみよう。桜の季節にでも。
 尾崎さんの論文も、自治と行政のあり方を考える研究として、都市史学徒として勉強になりました。

 この本はタイトルを見て手にとったときは、先週演習で発表した「阪神間モダニズム」について書かれた内容だと思っていました。その期待は裏切られましたが、多様な人文系論文集として大いに勉強になった一冊でした。
posted by みさと at 19:12| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月02日

恋愛小説を愉しむ(木原武一)

 著者は木原武一さんです。ダンテやトルストイ、シェイクスピアなど、西洋の名著を引用しながら恋愛を考えていくという内容です。
 人が人生で経験できる恋愛は限られています。小説を読むことで、このような恋もあるのか、と思ったり、自らを重ね合わせて身を焦がしたりして、恋愛について自らの経験以上に知ることができるでしょう。
 この本は学問的に恋愛を考察する、というものではありませんが、名著のエッセンスがたくさん引かれています。実際の経験も、恋愛を主題にした小説を読むことも少ない私ですが、多少恋愛についての認識が深まった気がします。これまで西洋の名作を読むことがほとんどなかったのですが、惹かれたお話も多いので、これを機に読んでみるのも良いかなーと思ったり。
 読書感想ためてしまっています、、、。まとめていかないと。
posted by みさと at 18:03| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月14日

金子みすゞの詩とたましい(酒井大岳)

 金子みすゞさんの詩を、酒井大岳さんが仏教の観点に基づいて解釈、説明された一冊です。
 キリスト教のうちの学校の学級文庫にありました笑
 仏教もキリスト教も、道徳という根底では一緒ですよね。キリスト教学校で聖書研究会に入り、家では仏壇を拝み、外では神社にお参りするというかなり自由(?)な宗教生活をしている私ですが、どれが一番正しいなんて到底思えません。それこそ「みんな違ってみんな良い」だと思います。どれも心に響くことを言っていますから。
 さて、金子さんの詩はもともと結構知っていましたが、今回読んで初めて知ったのも含めてどれも素朴で、ある意味無邪気な感じがして好きです。難解な詩も良いかもしれませんが、素直に心に入って来るものも素晴らしいと思います。

評価:B
posted by みさと at 22:45| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする