2020年05月11日

ちぐはぐな身体(鷲田清一)

 筑摩の「プリマー・ブックス」シリーズで1995年に出たものを、2005年にちくま文庫で再版されたものです。
 身体というものは、自分では断片的にしか経験できません。手や足などを見ることはできますが、顔や後頭部、内臓などは見ることはできませんし、そうした可視/不可視の身体の断片を一個の人間に統一する時、自分の身体は「像-イメージ-」でしかないのです。このため、シャワーを浴びるとき、人と体を触れ合うとき、服を着るとき、体全体の皮膚感覚が刺激されて、自己の輪郭を確かにし、精神を安定させることができるのです。
こんなところから、鷲田さんの身体-ファッション論は始まります。高校生を対象に書かれており、ファッションや哲学についての前提知識が一切なくても、明快に読むことができます。こういう本、高校生の時代に読んでいたらどれだけ世界が広がっただろう、と大学院生になった今、心から思います。
学部時代私は思想系の授業を履修したことがなく、関心を持ちながらも哲学に苦手意識があったのですが、こんな感じの一般書だとストレスなくさっと読めますし、どんどん読んで行きたいと感じます。竹田青嗣さんの現象学関係とかも読みたいな。
posted by みさと at 10:09| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月22日

哲学用語図鑑(田中正人)

古代ギリシャから現代に至るまでの哲学・思想史をイラストで整理した本。学術書ではありませんがイラストが可愛い上にわかりやすく、西洋の思想史をざっくりと抑えるにはすごく良い本だと思います。教養レベルなら下手な入門書を読むよりも、この本を読むのが理解に良いかもしれない。
高校の倫理の勉強にも役立ちそうです(読んでおきたかった…!)。基礎勉強的にも使えるし、思想系の専門書を読んでいるときに辞書的にも使えるし、すごく便利。
続編や社会学版も出ています。手元においておきたいな…。
posted by みさと at 20:46| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月26日

学術論文の技法【新訂版】(斉藤孝・西岡達裕)

 論文の書き方というものって、意外と大学で習わないものです。いざ卒論を始めるという段階になって、一応ちゃんと書き方を学んで置こうと思って手に取ったのがこの本です。1977年に初版が出版され、時代を重ねるごとに度々改訂、重版されているロングセラーで、私が読んだのは2005年に新訂されたもの。
 斉藤さんは東大の西洋史を出て国際政治史を専門にされた学習院大の名誉教授。西岡さんはパソコンに対応するため新訂版から著者に加わった政治学を先行とされる桜美林大の教授です。この本自体は、政治学などに偏らず、人文・社会科学に広く対応しています。
 内容としては、三年間の学部生活でレポートを書いたり、論文を読んだりしているうちに何となく身についている部分が多かったのですが、脚注や参考文献の書き方はこれまでのレポートで適当だったり、文献目録を作ったことがなかったり、結構学ぶべきところが多くありました。
 この本の一番の良いところは、最後に「文献を探すための文献一覧」「文献を探すためのオンライン情報」が掲載されているところ。ただし内容は2005年のもので、変化はしているだろうな、とは思いますが、卒論を書くのに役立ちそうです。
 大変読みやすいので、当然知っている内容も多いかもしれませんが、卒論を書かんとする四回生は隙間時間に読むのに良いと思います。
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2018年09月11日

思考の整理学(外山滋比古)

 外山滋比古さんの一冊です。「東大生・京大生に一番読まれている本」と謳われており、周囲にも読んでいる人が多くて気になったので手に取りました。
 「ただ知識をつけるだけではなく、思考することが大切だ」「思考を熟成させるにはそれ自体から目を離し時間を置くことが大切だ」など、論じていることは多岐に渡ります。 現代では世間での通説となっているほど普遍的な真実と思えるようなことから、俄かには同意できないことまで色々ありました。表現も抽象論から、筆者の具体的な実践に至るまで様々です。
 知識を重視し、枠にはまった思考を助長するような教育は現代もいろいろな人によってしばしば批判されていますが、書かれたのが1983年ということを踏まえると、とても先進的であったのかもしれません。今尚残る問題ではありますが…。

 軽妙な文体で極めて読みやすく、議論も様々でありながらも整理されており、読み物としてとても秀逸だったと思います。

 もっとも印象に残ったのは「情報の”メタ”化」の項。情報には事件や事実をそのまま伝える第一次的情報と、それらを抽象・統合・整理した高次の情報があるというものです。前者にはニュース、後者には社説や評論などが当たります。前者を後者へと昇華させる方法論がこの本における大きなテーマであります。
 ふと、「今はネットがあるのだから、本などそんなに読まなくても良い」と中高時代の友人が言っていたことを思い出しました。先の二分では本もネットも高次の情報に入りますが、きちんとした本とネットの情報では大きな懸隔があると思います。ネットの情報は二次的と言っても、極めて質の悪い抽象のされ方をされたものも多く含まれておりますし、多くがその筆者の素性についても出典についても不明確であります。それに対し、本はそれらが明らかにされており、あまり質の悪いものは排除されております(胡散臭い本もありますが、、、)。名著と呼ばれるものは極めて質の高い抽象がされているのです。同じ高次の情報といっても、その質において、ネットと出版された本とでは違うのだと思います。
 高次の情報に触れるにしても、その質がよければ大いに学びになりますが、その質が悪く批判的思考が不十分であれば、ただバイアスを受けるというだけになってしまう気がします。本ーー特に、良い本を読むことは、とても重要だと思います。
 かなり脱線して個人的な意見を書いてしまいましたが、今日の読書録はこの辺りで。『思考の整理学』なのに、全然整理していない内容でごめんなさい、、、。
posted by みさと at 21:41| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

愛するということ(エーリッヒ・フロム)

 エーリッヒ・フロムの本です。フロムは『自由からの逃走』で有名な精神分析の学者さんです。この本では、タイトル通り、「愛」について社会心理学・精神分析学の立場から考察しています。
 全く畑違いの専門書なのですが、ワンゲルの後輩に勧められて読み始めました。基盤となる知識がないため、浅い理解に止まっているのではないか、という気がしてもどかしい思いもありますが、それでもかなり深く考えさせられるところもたくさんありました。

 まず、「愛」を対象の問題ではなく、愛するということは行為であり、能力であるという主張に引き込まれました。私たちは日常の会話で愛について語るとき、「良い人おれへん?」みたいな風に、対象に重きをおき、「モテるためにはどうしたら良いか」という風に愛するのではなく愛されようとする努力をしています。
 人は孤立意識から生じる不安を解消するために他者と合一化しようとし、そこにはお祭りや集団同調など様々な手段を用いますが、その最適な手段として愛が存在すると述べています。
 成熟した愛とは、自らの全体性や個性を維持したまま、能動的に他者と中心同士でつながろうとするもの。誰かに庇護を求めるこころや、支配欲のようなものが全く自分にないとは言えません。実際に人に甘えたりすることは苦手ですが、前者が自分の心の奥に存在しているのは度々感じております。
 また、愛とは能動的に人に与えることであるということも述べています。与えるものとは、自らの生命、力、ぬくもりなどあらゆるものになります。教師と生徒の関係を考えれば、結果的に互いに与え合うということになりますが、見返りを求めるのではなく。これもかなり難しいことだと思います。わたしはどうも吝嗇な気があるのか、全くためらいもなく、もてるものを与えることができるかというと、全くできている気がしません。

 逆説論理学についても、あまり理解が及んでいない気はしますが、深く心に残りました。逆説論理学は矛盾しているように見える論理のことで、「無知の知」や「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」のような表現のことです。
 人の心は矛盾においてしか知覚できず、物事は思考ではなく行為あってこそ知ることができる。このことは私のいつも考えていることによく当て合致していて、ああ、と思いました。私は誰かについて「あなた(あいつ)はこういう人だ」ということができませんし、人がそう言っているのを聞くと違和感や苛立ちを覚えたりします。誰かの行為に対して評価をするーー例えば、人の行動を見て「優しいね」などということはできますが、その人自身について「優しいね」と評価をすることはできません。

 現代資本主義への痛烈な批判も読みどころの一つだと思います。市場経済の世の中では需要が全ての価値であり、愛に自らの交換価値を考えているというのは、鋭く心に刺さりました。集団同調で合一願望を満たしていたり、神への愛は都合の良い時だけ心に抱き、信仰を世俗的成功の手段にしている。心当たりがたくさんあり、自分の心の持ち方をかなり問い直させられます。

 終盤に愛の修練に瞑想や呼吸法のようなことが出てきて、禅っぽいな、と思っていると、フロムは鈴木大拙と交流があるそうで。なるほど、と思いました。

 しかし、この本を読んでいて、男性性(侵入)、女性性(受容)、父性(規範)、母性(無償の愛)など、ジェンダー的に今の感覚と合わないところも多いな、と思いました。この本が書かれたのは1956年ですから、現代的な感覚が普及し始めるちょうどその時代だったのが読んでいてよくわかりました。
 フロムの話は論理としてなるほど、となりましたが、ジェンダーのあり方が変わればどうなるのだろう(フロムの立場に立つなら精神症?)とか、文化の差異を見ず(進歩史観的)、全ての社会でこのようなことが成り立つのか、と思ったりしました。割とジェンダーに縛られない私の志向もあってか、自分の体感的にも、しっくりきませんでした。
 これを読んで、自分が本当に現代っ子なんだなー、と実感したり…。しかし、ジェンダー論に詳しいわけでもないので、また見識を深めたいと思います。

 異性への愛がなぜ生じるのか、ということもあまり触れられてなくて気になりました。両性の合一欲求ということは書かれていましたが、なぜそれが存在するのかが述べられていませんでした。

 西洋思想の名著を読むことは多分初めて?で、かなり考えさせられるところの多い一冊でした。昨日友人たちと読書会を開き、議論したりもしました。
 フロイトに始まる精神分析学は、精神症という医学的なものを対象にしていながら、理論先行にすぎて変な学問だな、と思う一方で、かなり魅力を感じます。もう少しこの辺の分野を色々勉強してみたいです。
posted by みさと at 14:56| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月02日

やさしい教育心理学(鎌原雅彦他)

 鎌原雅彦さん、竹綱誠一郎さんらによる教育心理学の教科書です。教職免許をとるわけではありませんが、子供相手のボランティアをしている中、興味がわいて読みました。入門書であり、かなり平易な内容。経験則的に知っていることも多くありましたが、自分や周囲の人の行動に照らし合わせながら読んでいると、なるほど、と思わされることが何度もありました。何かにすぐ応用できるというわけではありませんが、教育や心理について考えていくうえでの基礎となりそうです。

評価:B
posted by みさと at 15:32| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする