2019年01月14日

桜の文学史

 小川和佑さんの本です。古代から現代に至るまで、文学作品を紐解きながら、桜の受容の歴史を探るという内容です。
 小川さんは詩人・高校教諭から近代文学の研究者でかつ文芸評論家に転向された方。この文章も、学問書のようでもあり、評論のようでもあります。

 桜というと、何を想像するでしょうか。賑やかなお花見? 可憐な女身の象徴? 梶井のような死の桜? あるいは、武道における滅びの美学? 思えば、私たちは桜に本当に様々なイメージを与えています。この本は、文学作品を古代から、樹種の移り変わりと照らし合わせつつ通史的に読み解くことで、どのようなイメージがいつ頃形成され、移り変わっていったのかを明らかにしています。
 小川氏は、従来桜の受容史が描かれることはあったが、結局軍国主義的なナショナリズム宣揚のイメージとしての桜に落ち着いてしまうことに危惧を抱き、通史を描いて様々な「桜」像を確認することで、それに反論しています。
 「国華」としての桜イメージは、歌舞伎の舞台で生まれた悲壮美が本居宣長によって国粋的なイデオロギー色を持ち、明治以降富国強兵策に取り込まれていった、極めて歴史の浅いものであると小川氏は述べております。

 私はつい先日坂口安吾の『桜の森の満開の下』を読み、死の桜、狂気の桜に強く魅せられらのですが、この本を読んでいて、もっと様々な表象の中に浸ってみたいと感じました。

 また私は建築史の研究室に所属しており、造園史にも興味があるのですが、その視点でもこの本は面白かったです。造園史は考古学的資料を使うことが多いイメージが強いですが、文学作品から読み解くのもとても面白そう。後期万葉の時代、官人たちはそれまで詠んできた自然を邸内に移し替えたということや、鎌倉を生涯出ることのなかった実朝が、歌を詠むのに吉野山のミニチュアを作って空想に現実感を与えたなどのトピックも興味深いものが多かったです。

 参考文献リストがないのが惜しいくらい、いろいろと知的関心の湧いてくる一冊でした。またこれを元に、いろいろ文学作品や研究書を読んでゆきたいと思います。
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2018年12月28日

阪神文化論

 川本皓嗣さん、松村昌家さん監修の本です。「大手前大学比較文化研究叢書」の第5弾で、大手前大学の人文系学部の先生方が「阪神間」をテーマに、様々な内容の論文・エッセイを書いたという内容になっております。
 収録作品は川本皓嗣「歌枕の詩学」、杉橋陽一「松瀬青々論」、辻一郎「谷崎潤一郎と阪神間 そして三人の妻」、岩谷幹子「「記憶の場」としての『吉野葛』」、松原秀江「桜と桜守」、尾崎耕司「昭和初期の神戸における青年団運動について」、松村昌家「A・B・ミットフォードと神戸事件」です。

 多くが文学系、最後二編が歴史系の内容。一応「阪神間」をテーマとはしていますが、阪神間モダニズムーー阪神間の郊外文化とはあまり関係の薄い内容も多かった印象。大阪や神戸それ自体を扱った論文もいくつか含まれています。
 近代都市史を専門とする先生の下で場所論の研究をしようと思っている私にとっては、かなり勉強になった一冊です。
 初めの川本さんの歌枕の話は、国文学をほとんど勉強していない私にとって、国文学に基づく「歌枕」ーー社会的記憶としての場所の一つの形ーー研究の方法論を知ることができてよかったです。具体的な「芦屋」を取り上げて歌枕を論じており、本当に参考になります。
 岩谷さんの『吉野葛』論は、「場所」論に深く踏み込んだ内容ではありませんが、「場所」を取り扱った文学を論じた論文として、読んでいて面白かったです。記憶の形を「コミュニケーション的記憶」ーー口承ーーと「文化的記憶」ーー文章、建築などーーに分類する手法を用いて『吉野葛』を分析するというのはとても興味深いやり方。民俗学と歴史学の違いによく似た理論で、これが文学研究にも使えるのか、と目から鱗でした。自由間接話法のもつ意味についても勉強になりあmした。
 松原さんの扱う論文を読んでいて水上勉『桜守』に滝が出てくることから、ふと調べてみると、笹部新太郎の桜園には遡行対象となりうる沢ーー武庫川水系「西ノ谷」があることを知って、ワンゲルの私としては興奮しました。春になれば行ってみよう。桜の季節にでも。
 尾崎さんの論文も、自治と行政のあり方を考える研究として、都市史学徒として勉強になりました。

 この本はタイトルを見て手にとったときは、先週演習で発表した「阪神間モダニズム」について書かれた内容だと思っていました。その期待は裏切られましたが、多様な人文系論文集として大いに勉強になった一冊でした。
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2018年10月11日

西洋美術史

 高階秀爾さん監修の美術史の概説書です。絵画を中心に、建築・彫刻についても触れています。
 教科書的で少し読みにくいところもありましたが、通史的に原始時代から20世紀末に至るまでの流れを概観することができました。特に現代美術について触れている本を読んだのは初めてで、そこがかなり新鮮でした。
 やはり通史を200頁に詰め込んだ概論だとイメージの湧きにくい部分も多く、必要に応じて各論を勉強しないといけないな、と感じました。本の末尾に各時代の参考文献表がついているのがありがたいです。
 印象派やシュルレアリスムの作風がお気に入りなので、この辺からかなぁ。現代美術についても、本があればまた。
 他で勉強中のモダニズムの思想と関連させながら、風景画を中心に絵画史をもう少し知識をつけていきたいと思います。
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2018年09月30日

歴史のなかの家族と結婚ーージェンダーの視点から

 服藤早苗監修、伊集院葉子/栗山圭子/長島敦子/石崎昇子/浅野富美枝執筆。女性研究者五人によって、家族・結婚・女性史をざっと概観しています。
 『家と村の社会学』を読んで以来、「家」や「家族」についての興味が強くなって来ました。結婚も遥か彼方ではなくなっているという年齢に加え、旧庄屋家で自営業という自らの出自も「家」について意識が高まることに資している気がします。
 平易で読みやすく、このジャンルの入門書にはぴったりでした。夫婦別姓論争を始め、「家」「家庭」やジェンダーの問題は、しばしば歴史的事実に反するかなり無責任な議論が繰り広げられています。私も断片的に知識があるため、そうした議論を聞くと首を傾げながらも、自分自身無責任な反論しかできないのをもどかしく思っていました。
 私たちは、普段「昔は〜」というとき、その「昔」の指すものは精々戦後や近代、どんなに戻っても近世にすぎません。「伝統」と呼ばれるものにも、明治維新やGHQの戦後体制で生まれたものも多く含まれます。いくつもパラダイムをまたいだものは、歴史的知識がないと見えないのです。
 肌感覚で「昔」や「伝統」、あるいはそれと比較した「今」「現代」を語るのは、軽率で誤りを招きます。過去対現代の二項対立で社会問題を考察しては、視野狭窄を免れ得ません。「昔」は歴史であり、単一のものとしてみることは誤りです。通史的な把握をしてこそ、社会問題の本質をつかめるのだと思います。

 とは言いながらも、私も「近代」「モダニズム」を考えるとき、前近代との比較で近視眼的に見がちであります。分析の内容によってはそれでも的を得ることもあると思いますが、歴史がグラヂュアルに変化するものであるということ、(さらには地理的な偏差もあること)を常に頭において思考していきたい、と自戒を込めて記しておきたいと思います。
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2018年09月11日

思考の整理学

 外山滋比古さんの一冊です。「東大生・京大生に一番読まれている本」と謳われており、周囲にも読んでいる人が多くて気になったので手に取りました。
 「ただ知識をつけるだけではなく、思考することが大切だ」「思考を熟成させるにはそれ自体から目を離し時間を置くことが大切だ」など、論じていることは多岐に渡ります。 現代では世間での通説となっているほど普遍的な真実と思えるようなことから、俄かには同意できないことまで色々ありました。表現も抽象論から、筆者の具体的な実践に至るまで様々です。
 知識を重視し、枠にはまった思考を助長するような教育は現代もいろいろな人によってしばしば批判されていますが、書かれたのが1983年ということを踏まえると、とても先進的であったのかもしれません。今尚残る問題ではありますが…。

 軽妙な文体で極めて読みやすく、議論も様々でありながらも整理されており、読み物としてとても秀逸だったと思います。

 もっとも印象に残ったのは「情報の”メタ”化」の項。情報には事件や事実をそのまま伝える第一次的情報と、それらを抽象・統合・整理した高次の情報があるというものです。前者にはニュース、後者には社説や評論などが当たります。前者を後者へと昇華させる方法論がこの本における大きなテーマであります。
 ふと、「今はネットがあるのだから、本などそんなに読まなくても良い」と中高時代の友人が言っていたことを思い出しました。先の二分では本もネットも高次の情報に入りますが、きちんとした本とネットの情報では大きな懸隔があると思います。ネットの情報は二次的と言っても、極めて質の悪い抽象のされ方をされたものも多く含まれておりますし、多くがその筆者の素性についても出典についても不明確であります。それに対し、本はそれらが明らかにされており、あまり質の悪いものは排除されております(胡散臭い本もありますが、、、)。名著と呼ばれるものは極めて質の高い抽象がされているのです。同じ高次の情報といっても、その質において、ネットと出版された本とでは違うのだと思います。
 高次の情報に触れるにしても、その質がよければ大いに学びになりますが、その質が悪く批判的思考が不十分であれば、ただバイアスを受けるというだけになってしまう気がします。本ーー特に、良い本を読むことは、とても重要だと思います。
 かなり脱線して個人的な意見を書いてしまいましたが、今日の読書録はこの辺りで。『思考の整理学』なのに、全然整理していない内容でごめんなさい、、、。
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2018年07月10日

美学入門

 中井正一さんの本です。私は風景論を専門としたいと考えているのですが、風景には眺めを審美的評価するという意味合いが少なからず含まれています。これまで建築・地理学系からのアプローチが多かったのですが、風景の「美」を考えるためには哲学系の学問である美学の本も読んでおきたいな、と思い、手に取りました。
 とはいえ、思想系の知識が浅いため、やはり表面的理解にとどまっていたり、理解しきれていない部分も多くあります。カント、ヘーゲルなどの知識があれば、もっと理解が進むのでしょうが……。高校倫理の資料集を読んで、広く浅く西洋の思想史を抑えて置こうかな、と思います。

 いくつか印象に残ったことを書き留めておきたいと思います。

 モダニズムの美学への表れについて、知れたことが一つ。この本は1951年の本ですから、今よりもモダニズムがずっと近いところにあります。ものすごく新鮮な視線で、「機械化時代」である近代を論じています。ルネサンスで個人や主観というものが目覚めますが、近代、社会機構の発達、全体主義の台頭などに伴い、再びそれらは解体されて行きます。ダダイズム、シュールレアリスムなどの絵画の描かれ方も、それに対応して変化していきます。
 機械化時代は人間を含めたあらゆるものを商品化・機械化し、機構へ埋没させていきます。それをマルクス主義は批判していますが、芸術の面から不安の声をあげているのが表現主義などの諸派なのです。

 近代の「機械化時代」に生まれた芸術の一つで、映画があります。中井さんは当時極めて先進的で合った映画にも鋭い理論を加えています。映画、というのは思えば不思議なもの。「聖なる一回性」を持つはずの歴史を、歴史の中で再現しています。またコマに切断された空間はそれを繋げる人々の歴史的意識の方向性を要求します。映画は、それらを通じて見る人の人格の中に、歴史的主体性を撃発しているのです。

 また、「さやけさ」「わび」「幽玄」「すき」「いき」「きれい」など、時代によって様々な言葉に表される日本の美についても、興味を惹かれました。日本の美学は時代によって変遷しているように見えて、軽妙さ、重さ・汚れを切り捨てた自由な清新さ、虚ろだが緊張した静けさなどは通時代的に存在しているのです。
 
 理解の及ばないところも多くありましたが、新たな観点を得ることのできた、学び多い読書となりました。これを機に、哲学系の本にも少しずつ手を出して行きたいな、と思います。
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2018年06月20日

すぐわかる 日本の絵画

 守屋正彦さんの日本絵画入門書です。この間読んだ西洋絵画に次いで、日本絵画についても学んでみたいな、と思って簡単な入門書を借りました。
 ざっくりと歴史を概論することができました。水墨画が昔から何となく好きだったのですが、これを読んで、興味の世界が広がりました。狩野派の金雲を効果的に使うのも良いですし、やっぱり水墨画の長谷川等伯の松林図屏風が一番好きです。
 西洋絵画、日本絵画の歴史を概観したので、次は美学の入門書を読んでみたいなー、と。昨年中井正一さんの本を古本で買っているので、それを読もうと思います。
posted by みさと at 18:09| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

愛するということ

 エーリッヒ・フロムの本です。フロムは『自由からの逃走』で有名な精神分析の学者さんです。この本では、タイトル通り、「愛」について社会心理学・精神分析学の立場から考察しています。
 全く畑違いの専門書なのですが、ワンゲルの後輩に勧められて読み始めました。基盤となる知識がないため、浅い理解に止まっているのではないか、という気がしてもどかしい思いもありますが、それでもかなり深く考えさせられるところもたくさんありました。

 まず、「愛」を対象の問題ではなく、愛するということは行為であり、能力であるという主張に引き込まれました。私たちは日常の会話で愛について語るとき、「良い人おれへん?」みたいな風に、対象に重きをおき、「モテるためにはどうしたら良いか」という風に愛するのではなく愛されようとする努力をしています。
 人は孤立意識から生じる不安を解消するために他者と合一化しようとし、そこにはお祭りや集団同調など様々な手段を用いますが、その最適な手段として愛が存在すると述べています。
 成熟した愛とは、自らの全体性や個性を維持したまま、能動的に他者と中心同士でつながろうとするもの。誰かに庇護を求めるこころや、支配欲のようなものが全く自分にないとは言えません。実際に人に甘えたりすることは苦手ですが、前者が自分の心の奥に存在しているのは度々感じております。
 また、愛とは能動的に人に与えることであるということも述べています。与えるものとは、自らの生命、力、ぬくもりなどあらゆるものになります。教師と生徒の関係を考えれば、結果的に互いに与え合うということになりますが、見返りを求めるのではなく。これもかなり難しいことだと思います。わたしはどうも吝嗇な気があるのか、全くためらいもなく、もてるものを与えることができるかというと、全くできている気がしません。

 逆説論理学についても、あまり理解が及んでいない気はしますが、深く心に残りました。逆説論理学は矛盾しているように見える論理のことで、「無知の知」や「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」のような表現のことです。
 人の心は矛盾においてしか知覚できず、物事は思考ではなく行為あってこそ知ることができる。このことは私のいつも考えていることによく当て合致していて、ああ、と思いました。私は誰かについて「あなた(あいつ)はこういう人だ」ということができませんし、人がそう言っているのを聞くと違和感や苛立ちを覚えたりします。誰かの行為に対して評価をするーー例えば、人の行動を見て「優しいね」などということはできますが、その人自身について「優しいね」と評価をすることはできません。

 現代資本主義への痛烈な批判も読みどころの一つだと思います。市場経済の世の中では需要が全ての価値であり、愛に自らの交換価値を考えているというのは、鋭く心に刺さりました。集団同調で合一願望を満たしていたり、神への愛は都合の良い時だけ心に抱き、信仰を世俗的成功の手段にしている。心当たりがたくさんあり、自分の心の持ち方をかなり問い直させられます。

 終盤に愛の修練に瞑想や呼吸法のようなことが出てきて、禅っぽいな、と思っていると、フロムは鈴木大拙と交流があるそうで。なるほど、と思いました。

 しかし、この本を読んでいて、男性性(侵入)、女性性(受容)、父性(規範)、母性(無償の愛)など、ジェンダー的に今の感覚と合わないところも多いな、と思いました。この本が書かれたのは1956年ですから、現代的な感覚が普及し始めるちょうどその時代だったのが読んでいてよくわかりました。
 フロムの話は論理としてなるほど、となりましたが、ジェンダーのあり方が変わればどうなるのだろう(フロムの立場に立つなら精神症?)とか、文化の差異を見ず(進歩史観的)、全ての社会でこのようなことが成り立つのか、と思ったりしました。割とジェンダーに縛られない私の志向もあってか、自分の体感的にも、しっくりきませんでした。
 これを読んで、自分が本当に現代っ子なんだなー、と実感したり…。しかし、ジェンダー論に詳しいわけでもないので、また見識を深めたいと思います。

 異性への愛がなぜ生じるのか、ということもあまり触れられてなくて気になりました。両性の合一欲求ということは書かれていましたが、なぜそれが存在するのかが述べられていませんでした。

 西洋思想の名著を読むことは多分初めて?で、かなり考えさせられるところの多い一冊でした。昨日友人たちと読書会を開き、議論したりもしました。
 フロイトに始まる精神分析学は、精神症という医学的なものを対象にしていながら、理論先行にすぎて変な学問だな、と思う一方で、かなり魅力を感じます。もう少しこの辺の分野を色々勉強してみたいです。
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2018年06月05日

知識ゼロからの西洋絵画入門

 山田五郎さんの本です。有名な西洋絵画と画家について、歴史を踏まえながら解説している入門書です。
 私はオギュスタン・ベルクなどの風景論の本をよく読むのですが、最近そこでしばしば取り上げられる絵画についても知りたいと思うようになってきました。絵画はその時代の空間認識がよく表れる媒体の一つであるからです。
 恥ずかしながらこれまで美術館に行くことも少なく、絵画についての教養が皆無でして、簡単な入門書から学んで行こう、と思いこの本を図書館で借りました。

 ルネサンスから現代に至るまで、絵画の歴史の大まかな流れが理解できましたし、実際絵を見ていてとても面白かったです。なんとなく見たことある絵画もいろいろ意味合いを持って感じられるようになってきます。
 個人的には、印象主義が一番好きで、モネの「日傘をさす女」がとても気に入りました。
 ミレーの「晩鐘」、モローの「出現」なども好きです。マニエリスムの不思議な魅力も、、、。これをもとに、いろいろな画家さんについて掘り下げていきたいです。
 専門書でもない一般書を借りるのが久しぶりで、借りるのに少し恥ずかしさを感じてしまったり。。中高時代、漫画を読んでいるのを人に見られるのが少し嫌だったみたいな感じです。とはいえ、知識ゼロの私には中々学ぶことが多くて、本当に為になりました。
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2018年05月02日

恋愛小説を愉しむ

 著者は木原武一さんです。ダンテやトルストイ、シェイクスピアなど、西洋の名著を引用しながら恋愛を考えていくという内容です。
 人が人生で経験できる恋愛は限られています。小説を読むことで、このような恋もあるのか、と思ったり、自らを重ね合わせて身を焦がしたりして、恋愛について自らの経験以上に知ることができるでしょう。
 この本は学問的に恋愛を考察する、というものではありませんが、名著のエッセンスがたくさん引かれています。実際の経験も、恋愛を主題にした小説を読むことも少ない私ですが、多少恋愛についての認識が深まった気がします。これまで西洋の名作を読むことがほとんどなかったのですが、惹かれたお話も多いので、これを機に読んでみるのも良いかなーと思ったり。
 読書感想ためてしまっています、、、。まとめていかないと。
posted by みさと at 18:03| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする