2019年06月09日

図説 建築の歴史 西洋・日本・近代(西田正嗣/矢ヶ崎善太郎編)

 院試勉強第二弾。建築史を一通りおさえるのに良いよ、と言われて手に取りました。執筆者は京都工芸繊維大学系の先生方。
 私は西洋、日本の建築史ーーほとんど宗教建築ばかりですがーーは授業で一応習ったことがあったのですが、近代が全く知らない状態でした。内容は一般的なものでそう特筆すべきところはありませんが、何よりも図版を豊富に使ってわかりやすく書かれているので、基礎的な流れを抑えるのにはちょうどよかったと思います。日本、西洋については授業ノートを見直して、近代については、もう一冊くらい本読んでおきたいといった感じです。
 近代建築史に触れてみると、哲学の思想史的な勉強をしていたら、もっと面白いんだろうなぁ、とも感じます。「デコンストラクション」建築というものに初めて触れましたが、デリダに始まる脱構築思想についてろくに知識がないのがもどかしい。
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2018年12月14日

阪神間モダニズム(「阪神間モダニズム」展実行委員会)

 平成9年に兵庫県立近代美術館、西宮市大谷記念美術館、芦屋市立美術博物館、芦屋市立谷崎潤一郎記念館の四巻で開催された「阪神間モダニズム展」の公式冊子です。

 近代貿易港・神戸の発達と合わせた商都・大阪の工業化に伴い、大阪の環境は「七色の煙が出る」と呼ばれるほど悪化していきます。そんな中、上流階級を発端に、環境の良さを求めて郊外への住宅進出が始まります。その中心となった地の一つが阪神間。六甲の山脈と瀬戸内海に挟まれて温暖で緩やかながら地形の変化に富んだ阪神間は、健康地として富貴な大家や芸術家たちが多く住むようになり、神戸からの外国文化の流入もあり、独特のモダニズム文化を築いてゆきます。
 この本はそうした明治-戦前期における阪神間の文化を、建築史・文化史・美術史など多種多様な切り口から眺めて行くというものであります。私の研究室で今助教をされている藤原学先生も「阪神間の住居・素描ーー谷崎潤一郎の表現から」という題で寄稿されています。谷崎の描写をひもとき、阪神間郊外地の場所性・空間性の説明を加えており、非常に興味深い内容でありました。

 今年の頭に谷崎の『細雪』を読んで以来、阪神間で営まれる流麗な生活に憧れを感じていました。戦前から芦屋の某住宅地に、比較的近しい親戚が住んでいるのですがその立派な和館を思い出しながら、蒔岡家のような豪華で文化的な生活を脳裏に浮かべています。

 私の生まれ育った柏原も同じ大阪の郊外ではありますが、開発過程を始め、あらゆる点で異なっており、全く文化圏のように思えます。関西の地域性って、決して都道府県で分かれている訳ではなく、行政界よりも沿線の方がよっぽどそれに影響しているように思えます。

 近くても、なかなか行くことのない阪神間。また親戚を訪ねるのを兼ねて歩いてみようかな。本を読めば読むほど、行きたい場所が増えていきます。
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2018年10月16日

大阪の民家(児島祥浩/長山弘子)

 児島祥浩さんが大阪府内にある旧家の数々の写真を撮り、長山弘子がエッセイを付した写真集です。本が出たのは昭和62年、大阪府の職員機関紙『職員時報』に連載されたのは昭和39年から54年であるため、とても古い内容であります。
 撮影されたのは今から39〜54年遡り、現存しない民家も多いと思います。私の実家も掲載されているのですが、19年前に母屋が火事で全焼し、長屋門と蔵を除いて現存しておりません。このような特殊な事件がなくとも、都市圏では広大な敷地にかかる税金を払うのが大変ですし、山間部では就業難や生活の不便で転出への圧がかかり、現代古い家(屋敷・家集団)を維持していくのは極めて難しい時代になっております。

 この本の魅力は、資料として写真が取られてそれを解説する文章が書かれているのではなく、美的意識を働かせた芸術写真に知識とともに完成を働かせたエッセーを付しているところです。ただ建築の解説をするのではなく、人々の生活の染み付いた古民家の息遣いを感じ取っているのです。「記録」ではなく、「記憶」を綴った書であると言えるでしょう。
 偶然にも谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を並行して読んでいるのですが、これによってより日本文化の美を深く感じることができたように思います。日本民家は闇を深い庇を持ち、障子を通して仄かな光を室内に取り込んでいます。儚い光線にぼうっと浮かび上がる造形、部屋の隅々に折り重なった闇。白黒の写真がその陰翳の美しさをよく表現しており、通読を終えても何度も写真を見返してしまいました。

 街を歩いていて古く立派な民家を見かけると、心がきゅんとしめつけられる思いがあります。それは、単純に美しいものを見かけた嬉しさに加え、数少ない旧き時代の生き残りを見かけた興奮、それがこの先も続いていくことの厳しさを思っての悲しみなど様々な感情の綯い交ぜになったものであります。
 建物や土地には人々の記憶が宿ります。そっとその記憶に触れるときのセンチメンタルが私の人生のテーマではないか、とふと感じます。
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2018年09月21日

風景学入門(中村良夫)

 中村良夫さんの本です。風景論の名著として名高い本であります。
 中村さん自身は土木の人なのですが、建築学、心理学、文学、地理学、美学、東洋思想などかなり幅広い範囲の学問を踏まえた内容となっています。
 ゲシュタルトをはじめとする視覚心理学はほとんど触れたことのない分野です。縁や連続物などが風景で注視されやすい点であり、風景中の図・対象物として認識されやすいのは水平角20°、鉛直角10°のうちであるということなど、とても新鮮で興味深かったです。こうした定量的な分析の視点はこれまで学んできた中で身についていないので、取り入れたいなと思いながらも中々難しそうです。

 またギブソンのいう「空間の操作的意味」というのも印象的でした。人が知覚する空間や物体は、自らの仮想の行動と結びついているというものです。具体的には、風景画に描かれる人物に自らを投射したり、道が描かれることで実際に周遊する気分になったり(臥遊)…。庭園や風景画の見方が新しくなった気がします。

 空海の風景論で使われていた「境」という言葉も重要な概念。「景」よりも領域性のある言葉です。中村さんは「境」を、現象的自我・客我の場と書いています。風景というものは、帰属意識、故郷意識、アイデンティティなどと良く結びつくものであり、このように捉えることは、「風景」を分析する上で一つの良い視点であると思います。

 風景は純粋美術と違い、実生活と関わる実用のものであります。それぞれの景観要素は他との縁ーー関係性によって風景全体の美を成り立たせているのだ、ということを中村さんは強調しております。このような認識は風景論の本を読んでいると多くに出てきますが、仏教思想とも結びきうることに、この本で初めて気がつきました。思想系もざっとさらえるくらいは勉強しないとな、と思います。


 この本は風景論上の重要な指摘が多く含まれているのは上に見てきた通りですが、文章自体が雅びており、読んでいてとても心地の良い一冊。文学的な風景の分析も多く織り込まれており、風景を鑑賞するお手本を示していただいた思いです。
 名著と名高いのも納得の一冊でした。
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2018年09月14日

街角図鑑(三土たつお監修)

 三土たつおさん監修の本です。車止め、パイロン、境界標などなど路上にある様々なもののデザインを集めています。
 都市論や風景論系の本を読んでいると時折接する「路上観察」学の手引きのような本です。執筆陣の千葉大造園学の石川初さん、「工場萌え」で有名な大山顕さんは、個人的に少し縁があって、一度ずつお話ししたことがあります。そんなことで少し親しい気持ちで読み始めました。
 普段の生活では、さらにはある程度地理学や都市論の教養を積んでいても気にすることのないようなものまで詳細に観察されていて、面白かったです。

 路上園芸というのは私も以前から観察するのが好きで、前から見かければ足を止めたり、時には写真を撮ったりしていました。本来パブリックであるはずのスペースを私的に利用する。これは法的には良くないことなのかもしれませんが、緑の不足しがちな都市において自然発生的な緑化と捉えば有益なことです。さらに、植物の生育の話題を提供することで近隣とのコミュニケーションの発生を支えたり、手入れをする人の路上滞在時間が増えることで犯罪を抑制する効果が発生したりしているのです。(鈴木成文さんの路地に関する本に詳細に書かれていました。)

 街を歩くとき、何気なく目に入っている何かしらが、実は生活空間において大きな役割を果たしている。そんなことがあるかもしれません。これを機会に、目ざとく街を観察してみたいと思います。分節の仕方が変われば、風景は全く違うように見えてくるはずです。
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2018年09月06日

団地の時代(原武史/重松清)

 原武史さんと重松清さんの対談です。東京の団地で生まれ育った原さんと、地方に生まれ、ニュータウンを転々として回った重松さんが、団地のあれこれについて考察しています。

 私の生まれた街・柏原も、大都市の郊外にあるベッドタウンではありますが、農村と在郷町がスプロール的に拡大してできた都市で、私団地という存在には接さずに育ってきました。
 こう言う経緯もありまして、私は農村や戸建てに対して団地・マンション・ニュータウンを一つのくくりにして考えることが多かったったのですが、この本ではこれらを明らかに違うものとして論じています。私にとってはそれが一つの衝撃でした。団地は戦後の住宅不足の対策として公団や自治体が作った画一的な住宅群であります。それに対して、ニュータウンはもう少し後の時代、多摩ニュータウンを代表に、住民・住宅ともにある程度多様な様相を見せる住宅群であります。

 団地を論ずる時、「画一的」と言うのが重要なキーワードとなります。それは、景観的にもそうですし、住民の社会的階層においてもそうです。
 団地の住民たちはかなりの近距離に住み、同質的な生活を送り、教育・インフラなど共同の課題をもっている。コンクリートの、堅固な一室は近隣とのつながりを阻むように思えますが、実際はしばしば強力なコミュニティが形成されたと言うところがこの本の大きなポイントだと思います。
 こうした自治会はしばしば革新勢力と結びつき、共産党や公明党の票田になります。

かつて「団地妻」のポルノが流行ったのが団地の空間的特性の現れであると言う指摘も、文化史・空間論的に興味深いことでした(と言っても実際見たことがあるわけではありませんが笑)。機密性の高い住居に加え、職住分離、家電の普及である程度時間に余裕のある「主婦」の誕生。冗談めかして話に上がっていることですが、中々重要な指摘だと思います。

 モダニズムの象徴として都市論の世界では良く取り上げられる「団地」。外から見ることはあっても、それ以上触れ合ったことのない対象です。原さんの生きた経験は、ものすごく新鮮でしたし、興味深かったです。
 団地、ニュータウン、旧集落、スプロール……。均質的と言われながらも、実は多様な様相を見せる「郊外」。研究対象として農村を志向していた私ですが、郊外に心をくすぐられる今日この頃です…。
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2018年07月05日

日本の美術5 民家と町並み 近畿(宮本長二郎)

 宮本長二郎さんによる本です。近畿地方の民家について、建築史の側面から詳述されています。これまでなんとなく畿内でもどこどこの地域で形が違うな、とか、大和棟の立派なお家があるな、とかを街や村を歩いていて感じることはありましたが、実際に地域差はどのようになっているのか、とか間取りや構造がどうなっているのかをこの本を通じて知ることができて面白かったです。
 特に、広間型や整形四間型、前座敷三間型といった農家住宅の間取りの類型やその変遷、分布を学ぶことができたのが勉強になりました。
 小屋組などの構造の話をはじめ、知らない専門用語がたくさん出てきて、難しかったところもありますが、ちょくちょく調べながら読んで行くうちに、その辺りのことも多少わかるようになってきた気がします。
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2017年08月18日

都市をたたむ(饗庭伸)

 饗庭伸さんの本です。人口が減少していくこれからの都市をどうデザインしていくかを考察しています。この本で根幹となる考え方は縮小都市の「スポンジ化」であります。都市が拡大する時、都市核から農地を虫食いにするように外へ拡大していくことが多く見られます(スプロールと言います)が、一方で都市が縮小する時。都市は外側から縮んでいくのではなく、中心部も縁辺部も含めて、モザイク状に空洞(空き地、空家)ができていくスポンジ化現象が見られます。ここに置いて、そうした空洞をイベントスペースや緑地など多様化するニーズに答える多様な使い方をすることが重要だというのが筆者の述べるところ。
 筆者は街を豊かな生活を送るための「道具」であることを徹底して考えているため、歴史・伝統や街の文化は軽く見る傾向があります。そういったところには同意しかねますが、スポンジ化する街をただ住宅で埋めるのではなく、多様に埋めていくべきという考えにはかなり共感を覚えます。(ニーズがどれくらいどのように多様化しているのかは議論する必要はありますが。)これの前に読んだ勝原文夫氏の『農の美学』において風景の観点から生産緑地の重要性が述べられていましたが、スポンジ化する街を再農地化していくことも一つの良い施策として考えられると思います。
 大都市郊外にある衛生都市の中心部では、商業施設が閉店したり町屋群を取り壊してできたスポンジの穴を分譲マンションで埋めることが見られますが、これは中心性喪失を助け、都市がただの住宅地になることを推し進めます。しばしばこういったところでは人口が減少しています。このような街での分譲マンションは将来のゴーストタウンの種を蒔くことにもなります。現時点でのニーズもそうですが、スポンジの穴を埋めるのに街の将来を考えて埋めることも必要だと思います。この辺りのことも暇があれば詳しく考察してみようかな(といいつついつも放置していますが(^_^;)。)
posted by みさと at 11:48| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(建築学/都市論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月30日

風景学 風景と景観をめぐる歴史と現在(中川理)

 中川理さんの本で、風景・景観についての認識・論考の歴史を概観した一冊であります。最近大学の授業で、風景や景観に関する話題がたくさん出るので、レポートを書くためというのもありますが、興味が出てきて風景についての本をよく読んでいます。これはその第一弾。
 風景という言葉自体なかなか定義しづらいものではありますが、人間によって何らかの共有されうる意味が見出される眺めといった風景に考えることができます。ここでの「意味」とは、嶮山に対する「ピクチュアレスク」のような純粋美観であったり、眺めに現れる人々の生活であったり、都市や集落の長く重なった歴史であったり…。(この例には中川さんの定義とは少し異なるものもありますが)。
 「風景」というものは地理学、建築学、造園学、美学、倫理学など、極めてさまざまな学問が絡んでいます。さまざまなアプローチからさまざまに考えられるものでありますが、同時にいずれの素養も得ておかないと深い理解につなげるのが難しいような気もします。そうした意味で、多様な学問の考えを取り入れながら概説したこの本は、「風景学」の入門にぴったりだと思います。

評価:A
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2017年06月01日

奈良の寺 世界遺産を歩く(奈良文化財研究所)

 奈良文化財研究所の本です。古代史、建築史、考古学、保存科学、造園学など様々な分野の所員さんたちが、奈良市内の寺社を解説しています。特に建築史的なトピックが多く、字引片手に専門用語を調べながら読みました。。何度も訪れたことのある奈良といえども、全然知らないことばかり。この本を通して歴史を知れる、というより、歴史を紐解く、また歴史を繋いでゆく専門家たちの姿を知ることができます。
文化遺産って本当に様々なアプローチがあるのだな、と実感しました。

評価:B
posted by みさと at 15:05| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(建築学/都市論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする