2019年03月30日

鏡の国のアリス(ルイス・キャロル)

 ルイス・キャロル作、中山知子訳の児童文学で、『不思議の国のアリス』と対になる作品ではあります。フォア文庫で読みました。『不思議の国〜』の方は即興で作られたものであり、破綻した世界観のイメージが強かったのですが、『鏡の国〜』は机上で書かれたものであるらしく、比較的整頓された印象。とはいえ、やっぱり『不思議の国〜』の香りは残して一つ一つのお話は、切り絵のように断片的で、夢を見ているような感じ。しっちゃかめっちゃかで面白いのですが、一つの物語として評価するには、少し難解な感じもします。
 チェスゲームの世界をモチーフにした物語で、アリスは白のポーンで、女王に「成る」ことを目指して世界を冒険して行きます。登場人物たちの行動も、それぞれチェスの動きに連動しています。こうした枠組みがあることが、『不思議の国〜』よりもとっつきやすさを与えている感じはしますが、やっぱり難しい。
 なんていうものの、とても魅力的なキャクター、世界感に彩られ、とても楽しく心躍る作品だと思います。子供心をとってもくすぐる。

 今では日常何気なく使っている鏡というものが、子供の頃は特別な存在であり、不思議で、怖くて、魅力的に感じていた記憶があります。覗くと現実世界と双子の空間が広がっているのに、決して入ることはできない。もし入ってしまったら、どうなるのだろうか。鏡ごしに向き合っている自分は一体何者なのか。どうやっても一部しか見ることのできない鏡の中の世界の先は、どんな風になっているのか。現実と同じように広がっているのだろうか。
 お話自体にも、鏡の要素がちらちら。トウィードルダム・トウィードルディーノ双子とか、白と赤の女王の性格の違いとか。あと、チェスのゲームの構造というのもそうですね。
 鏡って、素敵です。

 ジャバウォックの詩を始め、この作品にはしゃれや言葉遊びをたくさん散りばめられていますが、邦訳の際、どのように扱ったのかが気になるところ。友人が持っている新潮や角川の訳と比べてみると、その違いに驚きます。角川は韻踏みなどを忠実に守ろうとしているのですが、このフォア文庫の訳は子供向けでわかりやすくしているため、ある程度省略している。とはいえ、フォア文庫はフォア文庫で優しくて、角川や新潮にはない良差のある訳です。翻訳の難しさを感じます。。原文でも読んでみたいと感じる作品でありました。
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2018年12月30日

アルプスの少女ハイジ(ヨハンナ・スピリ)

 スイス人児童文学作家・ヨハンナ・スピリの作品です。訳は池田香代子、挿絵はいわさきちひろ。
 幼い頃、アニメで見たとは思うのですが、どうもぼんやりと記憶が薄く、話の筋は全く覚えていない。それでも懐かしさを感じるのは不思議な感じです。幼時に見た物語ってどれもそんな印象があります。

 この物語に現れる登場人物は皆、だれかを助けようとする優しさを持っています。だれかを支え、支えられることでおじいさんも、ハイジも、クララも、皆成長してゆく過程が、よく描かれています。
 この本は、先日京都駅のいわさきちひろ展に行ってきたのですが、その際に売店で購入しました。いわさきさんの絵は淡く柔らかな色彩が優しく可愛らしいのですが、モノクロの挿絵でもその優しさがよく現れており、物語とよく合っています。

 意外に思ったのは、キリスト教的世界観が色濃く現れていること。時代や地域を考えれば、当然なのかもしれません。おじいさんーーオンジがキリスト教世界の逸脱者として描かれ、物語が進むにつれ、その世界に復帰していく様が、とても印象的です。放蕩息子の喩えまで出てきます。
 非キリスト教世界ーーアルプス、キリスト教世界ーーフランクフルト、デルフリ村
という対比が考えられますが、アルプスを自然の営み、雄大さを感じさせるように肯定的に描き、フランクフルトを精神的にも空間的にも(デルフリ村も精神的には)閉ざされたように、否定的に描かれているのが、キリスト教への認識と対応せずに不思議な感じ。ーーこの作品は野生の精神とキリスト教主義的精神の止揚の様を描いているのではないか、とふと思いました。さらに、これが書かれたのは19世紀。近代主義の時代が訪れていることを考えると、近代合理主義へのアンチテーゼ・反発運動として、原始的・中世的精神の止揚を描いたとも考えられます。

 そのほかに印象に残ったのは、アルプスの自然を中心に、色彩の描写が鮮やかであったこと。
「しずみかけたお日さまが、もみの緑と雪渓の白にぬりわけられたアルプスの山々を照らしていました。とつぜん、足もとの草の上に赤い光が落ちました。ふりむくと、はるかな岩山のぎざぎざは、空にむかって炎のように燃えたち、広い雪渓は真っ赤にそまって、その手前には、ばら色の雲がぽっかりとうかんでいました。草は黄金色に輝いていました。」(青い鳥文庫、p166)
 普段から色彩に富んだ風景が夕焼けという片時の明かりに照らされ、また別の色に染まっていく。色彩のコントラストが素晴らしいです。

 どうでも良い話なのですが、実は私のワンゲルでのあだ名がペーター。この作品に出てくるペーターから取りました(ハイジ、クララもいます)。ペーターってこんな性格なんや、と思いながら、ちょっと恥ずかしい気分になりながら読みました。
 アニメもまた見てみたいな。
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2018年11月21日

兎の眼(灰谷健次郎)

 灰谷健次郎さんの小説です。ゴミ処理場のある街の小学校を舞台に繰り広げられる人間模様を描いた作品です。
 灰谷さんは、『笑いの影』という作品が被差別部落への差別意識が強いとして問題視されたということがありました。この『兎の眼』の「処理所」というものも、多少被差別性を帯びており、どう扱うかはともかく、灰谷さんにとって一つのテーマなのかもしれない、という風に思いました。(『笑いの影』がどのようにそれを扱っているのか読んでみたいのですが、残念ながら世間に出回っていないようです。。)
 この作品では処理所は「下町の温かみ」のような、好意的なイメージで描かれています。終盤の処理所移転関係の話では、公の一方的な通告に子供達の安全な通学する権利を訴えている様子が描かれています。この辺りの描かれ方に灰谷さんの思想、イデオロギーが透けて見えたり。
 社会的な側面ばかり書いてきましたが、物語の筋はわかりやすく明快で、とても生き生きとした児童文学らしい児童文学です。登場人物もそれぞれが個性的で魅力的であります。モヤモヤとした社会への批判意識を内在し、それを露わにしながらも、爽快でえぐみのない物語が作られているのがこの作品の魅力的なところだと思います。
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2018年09月04日

小公女(フランシス・ホジソン・バーネット)

 フランシス=ホジソン=バーネット作の有名な児童文学です。曾野綾子訳の講談社・青い鳥文庫のものを読みました。
 名高い作品ですが、恥ずかしながら読んだのは、おそらく初めてです。

 児童文学とみなされる作品には、主人公が積極的に行動を起こし、自ら活路を切り開いていくというお話が多い気がしますが、このお話の主人公・セーラは少し違います。お金持ちのクルー家に生まれ、父の死により小間使いに転落し、父の友人との接触によって再び裕福になると言う風に、物語は主人公ではない外在的な営力によって進行されていきます。セーラは、気高き気丈な心と豊かな想像力をもってそうした運命に耐え、それらを導いているのです。物語・主人公がまさしく「運命」によって動かされていると言えるでしょう。
 受動的な展開ではありますが、だからこそこの作品のテーマである主人公の気高さ・気丈さが引き立っている気がします。気高さ・気丈さは「運命」と相性の良いテーマだと思います。

 また、セーラは屋根裏の自室で、粗末な部屋をバスティーユの監獄や豪華な部屋にいる「つもり」になる空想遊びをし、辛い気持ちにならないようにしていました。これは、粗末な、殺風景な部屋であるからこそできることだと思います。装飾も何もない、「意味」の削がれた空間であるからこそ、想像によって「意味」を付与したくなるのでしょうし、そうできるのでしょう。屋根裏部屋はセーラの想像力を活かすには良い環境であったと言えるでしょう。


 そういえば、小学生の時分、「小公女・セーラに似ている」と同級生に言われたことがやけに記憶に残っています。それはどのような文脈で、どのようなニュアンスで言われたことだったのかは、全く思い出すことはできないのですが……。
posted by みさと at 11:44| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(児童文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月23日

いわさきちひろの絵と心(松本猛)

 下鴨の古本市で購入した一冊。いわさきさんの絵と彼女のご子息・松本猛さんのエッセイから構成されています。
 いわさきさんが絵を描かれた絵本は、幼い頃そうと気づかず何度も読んだことがありましたが、最近ふとしたきっかけでいわさきさんのことを再認識しました。淡い色の水彩画で描かれた画風は今の感覚からしてもとても心惹かれます。彼女の描く子供達には、優しさの中にも、繊細で微妙な心の動きが現れている気がします。しばしば輪郭も曖昧で、色もパステルカラーを用いているからこそ、強すぎない、絶妙な心情の表出をなし得ているのでしょうか。

 松本さんのエッセイでは、いわさきさんの生涯や芸術理論が書かれており、これを読むことでより絵を深く感じられるようになった気がします。特に、彼女が共産党員
であり、議員の妻となっていたことには画風とのギャップに衝撃を受けましたが、水彩画の中に滲む意志の強さや社会的なテーマの絵(「戦火の中のこどもたち」など)があることを思い出だすと、それも納得です。
 また改めていわさきさんの描いた絵本を読んでみたいな、と思いました。
 この本に収録されている作品の中のお気に入りは、「かさと少女」、「たけくらべ」美登利、「枯れ草の中の少女」です。
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2018年02月14日

砂場の少年(灰谷健次郎)

 灰谷健次郎さんの小説です。

あらすじ
 元テレビディレクターで有機農場に務めていた葛原順は、教師をしていた妻・透子が精神を病んで休職したのを機に、自らも臨採で中学校教師となった。生徒個人個人と向き合わず、定められた規則や画一的な授業に拘泥する教師たちがいる一方で、葛原は「反抗的」とされる子ども達に輝くものを見出していく…。




 『子どもの隣り』を読んで以来、灰谷さんの小説に魅せられています。教育のあり方を問い直すというのが物語を通じて強いテーマとして設定されており、それに沿ったストーリーが展開されています。そう長い小説ではないわりに、たくさんの登場人物が出てきており、人物によって目立ち具合に差はありますが、それぞれ個性的に描かれています。
 読んでいると、自分自身の中高生活を思い出しました。もちろん時代も違いますし、この本ほど極端な管理教育はありませんでしたが。しかし、それでも先生の態度の中にはこの小説にかぶるものもあったりして、ちょっと苦い気持ちになったり。僕自身、人の期待するように行動する性向があり、割と先生に従順な態度をとっていました。嫌だとは言いながらも、試験や受験で良い成績を取ろうとしていたなぁ。この小説の生徒達のような、反骨精神・自立精神をもっと持ちたいものであります。西文平くんに憧れます。


 個人的には、教訓的要素が強すぎて、ややくどい印象を受け、『子どもの隣り』の方がお気に入りですが、なかなかに良いお話でした。
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2018年02月05日

ユタとふしぎな仲間たち(三浦哲郎)

 三浦哲郎さんによる児童文学です。

あらすじ
 父の死とともに、東京から母の実家である湯ノ花村に居を移した勇太。彼は村の子供達から、東京のもやしっ子と言われ、なかなか馴染めなかったが、ふとしたことから、座敷わらし達と出会う。彼らとの交友の中で、勇太はたくましさを手に入れていく…




 高度経済成長期?の寒村を舞台にしたお話。正統派な成長譚といった感じですが、日本の寒村、またそこにある民話の世界をモチーフにしたのが特徴です。
 時に失礼なこともする勇太に対して、座敷わらしたちがものすごく優しいのが印象的。人間たちの方がよそ者の勇太に厳しいというのが皮肉な感じです。
 お話の構成も、舞台設定も、極めて完成度の高い児童文学だと思います。
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2017年12月05日

海になみだはいらない(灰谷健次郎)

 灰谷健次郎さんの短編集です。収録作品は『海になみだはいらない』『きみはダックス先生がきらいか』『ひとりぼっちの動物園』です。

あらすじ(表題作)
 章太は海が大好きな島の少年。トクじじいの指導を受けながら、もぐりや魚とりをしている。ある日、都会から移住してきた少女・佳代と出会うが……。


 久しぶりに小説を読むと、面白くて一気に読み切ってしまいます。灰谷健次郎さん。以前、「子どもの隣り」を読んで惹かれた作家さんです。
 表題作は、二人の交流、海やトクじじいとの対話、お兄さんの事件を通じて章太や佳代が成長していく過程がみられます。章太と佳代のふれあいがどうも心に触れ、小学生の恋愛にドキドキしてしまいました。「真っ黒けと真っ白け〜」といって腕を比べるところが大好きです。
 ほかの作品も、物語を通して子どもたちが成長していく様子が描かれているものが多いです。『きみはダックス先生がきらいか』はその通底する主題が一番よく表れている作品。一般的な教師像と違う変わり者の先生にはじめは反発しながらも、次第にその人間性に触れ少年少女たちは成長していくというもの。児童文学らしく、明快で心地よい物語です。
 『ひとりぼっちの動物園』はさらに五つの異なる物語の集合です。どの話もわかりやすく、子供たちのかわいらしさ、たくましさ、成長がいきいき描かれています。『オシメちゃんは六年生』『三ちゃんかえしてんか』がおすすめですね。

 古い時代の話だからか、子供を題材にした話だからか、関西弁が使われているから(大学って地方から集まっているから結構標準語…)か、よんでいるとどうも懐かしい気持ちになります。スマホやパソコンなどデジタル機器にかこまれ、そうでなくても読書やハイキング、散歩くらいになっている自分にとって、この本の子供たちの遊ぶ様はとても懐かしく、うらやましいように思えました。
 最近大人に向かわざるを得ない義務感を強く感じる一方で、どうも子供への憧憬がますます強くなっていることをいろんなところで感じています。

評価:B
posted by みさと at 19:44| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(児童文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

子どもの隣り(灰谷健次郎)

 灰谷健次郎さんの短編集です。収録作品は『燕の駅』『日曜日の反逆』『友』『子どもの隣り』です。

あらすじ
 父子家庭の4歳の男の子の目に映る、周囲の人々の人生模様を描く(表題作)。幼なくも不安や孤独を抱える4人の子どもを描く掌編4話。




 幼児〜中学生の子どもの目線から世界を描いた小説。19歳の私にとって、子どもの世界って、近いはずなのに、不思議に遠く感じます。どの少年・少女の心にも共感できる一方で、なぜか自分がもう「子ども」でないということを強く思わされました。35や40のおじさんよりも、はるかに15歳や12歳、4歳の子どもの方が歳が近いにもかかわらず、自分がおじさんに近いと感じる場面も多くあったのです。そう、ぼくは子どもは経験したことがあり、おじさんは経験したことがないはずなのに……!  とても不思議に思う一方で、こうした気持ちも自分を既に「大人だ」と思い込むマージナルマンの幼い感想なのかもしれない、という気もします。
 『燕の駅』では、死の恐怖におびえる少女が母親に意地悪する様子が描かれています。優しさと残酷さ。不安さゆえに身内に意地悪してしまう一方で、他人には優しく接することができるという気持ち、よくわかる気がします。隣室のおじさんとの触れ合いを通して自らの病気と向かい合えるようになっていく。少女の成長と複雑な心理が緻密に描かれていて良い作品です。
 『日曜日の反逆』。「孤独なやつほど演技をしてみせるのかもしれない」。
 『友』の語り手である中学三年生の少女は、一番自分と年齢が近いということもあり、また「優等生」であったところもかぶって、最も感情移入して読むことができました。他人の物語に意識的に乗って喜ばせて見せたり、他者を無責任にも心の中で評価してみたり(しばしば他人と自分への嫌悪を伴って)、「優等生」であることを半ば利用して先生に少し反抗して見せたり。親を軽蔑しながらも愛していたり。昔の自分というどころか、今現在の自分にも同じ心理が当てはまる気さえします。自分と重ね合わせられるから、ということからかもしれませんが、この短編集の中ではこの作品が一番好きです。ちなみに、奈良くんの熱帯魚への愛について書いた素朴な文章がとても心に残りました。ほかの作品にも関西弁は出てくるのですが、自分が関西人ということもあり、関西弁がとても現実感をだして、良い効果となっています。
 『子どもの隣り』は、タアくんのかわいさがすごい! もちろん、灰谷さんのことですから、可愛い無邪気な子どもも単純な人間ではありません。子どもにとって、まして母親を物心つく前になくした子どもにとって、死と生の重たさというものは本当に著しいものでしょう。ベンチに座る老人たちとのやりとりで死について触れられるところ、特に認知症の描写などには、ぞっとする迫力があります(ここには、幼児と老人にとっての死の重さというものが全然違うということもあると思います)。不良少女のやりとりなどで、生き生きとした放埓な生活やセクシャルな描写から濃厚な生を暗示されているというのも一つのポイント。この世を埋め尽くす生と死の圧力を受け止めきれないタアくんの思いは、幼子の語彙の問題もあり「死ぬの怖いの」以上にはあまり語られませんが、最後の彼のつぶやきに凝縮されていると思います。「死んでも、死んでも、死んでも、死んでもいい。ここにおるもーん。死んでも、死んでも、死んでも、死んでもいい。また、生むもーん」

評価:A
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銀河鉄道の夜(宮沢賢治)

宮沢賢治さんの童話集です。収録作品は『北守将軍と三人兄弟の医者』『オッペルと像』『どんぐりと山猫』『蜘蛛となめくじと狸』『ツェねずみ』『クねずみ』『鳥箱先生とフウねずみ』『注文の多い料理店』『からすの北斗七星』『雁の童子』『二十六夜』『竜と詩人』『飢餓陣営』『ビジテリアン大祭』『銀河鉄道の夜』です。

あらすじ(表題作)
 ジョバンニは周りから疎外されがちな少年。星祭りの夜、彼はザネリらにいじめられ、孤独をかみしめながら天気輪の丘で一人体を投げ出した。いつの間にか、彼は銀河を走る軽便鉄道に乗っていた。そこには親友のカンパネルラも乗り合わせていたのだが……。




 久しぶりの宮沢作品です。前半には平易な寓話的小品がたくさん収録されています。ほとんどが初読なのですが、どれもテンポよく、痛快に読むことができました。
 とりわけ、『注文の多い料理店』。有名なお話ですが、実際に読むのは初めて。日本の昔話かグリムの童話にありそうな、古典的で、しかしツボをついてくる物語でとても好きです。ねずみシリーズもわかりやすく、気に入りました。
 全体的に賢治の仏教に対する思いが見えてくる面もありました。彼の信仰心が特によく見えてくるのは『二十六夜』。このような作品も良いのですが、私がこの面で印象に残ったのは『蜘蛛となめくじと狸』と『ビジテリアン大祭』です。『蜘蛛となめくじと狸』では「なまねこ」を唱え、信ずるものを騙して併呑する狸が生臭坊主の象徴のように描かれており、かなり痛烈な風刺となっております。『ビジテリアン大祭』でも信仰の大祭が茶番と化しているという批判が込められている気がします。賢治は仏教を信仰する一方で当時の宗教の在り方について思うところがあったことが読み取れます。現在のいろんなこと(宗教以外も含め)にもあてはめらて、なかなか考えさせられます。
 『銀河鉄道の夜』は中学時代、学校の授業で初めて読んだ強く感銘を受けた小説です。幻想的な銀河鉄道の世界の中、散りばめられる死の気配。不安感、美しさ、儚さに包まれて恍惚と読み入ってしまう魅力があります。やや難解で解釈が分かれているところ(文章の順番も!)もありますが、それだからこそ無限に小説の世界が広がっているのかもしれません。

評価:A
posted by みさと at 12:12| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(児童文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする