2019年07月30日

花の埋葬(坂東眞砂子)

 作者自身の夢から紡いだ掌編を24集めた作品集。坂東さんといえば、「性」をテーマに土俗的で、官能的な作品を描かれるイメージが強いのですが、この作品集にもその空気感が漂っています。
 どの作品も総じて、夢や幻想の中に足を踏み入れていて、不安な感情をすくい取るようなものが多いのですが、何でしょう、決して重苦しくはなく、心をぐっとえぐるというよりは、朝起きて思い出す夢の断片のようにふわふわとした感じ。示唆的であり不条理であり、ほんとの夢みたいな感じです。
 全体通して読んでみると、何と無く一貫したモティーフや構成のようなものが見えてきます。これら自体坂東さんの作品ではあるのですが、彼女自身の夢を再現したものであるという話を聞いていたこともあり、坂東さんの作品の原石に触れたような気がします。
posted by みさと at 17:26| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月11日

木(幸田文)

 幸田文さんの随筆集で、『えぞ松の更新』『藤』『ひのき』『杉』『木のきもの』『安倍峠にて』『たての木 よこの木』『木のあやしさ』『杉』『材のいのち』『花とやなぎ』『この春の花』『松 楠 杉』『ポプラ』が収録されています。
 ボックスの本棚で見かけ、表題に惹かれて手にとった本でありますが、幸田文がこんなに木に親しんできた人だとは知りませんでした。木に親しむ契機には、『藤』にあるように、土地柄、家庭環境が影響していたみたいで、父・露伴も木にかなり親しみを持っていた人物であることが記述されていました。私の貧困な知識では、露伴といえばまず思い浮かぶのが『五重塔』で、木造建築を描いた作品が評価されたのもこうしたところがあるのかな、と思ったり。この随筆集でも、『材のいのち』などで古社寺に関わる棟梁の話が出てきます。
 この本を読んでいると、常に私たちの視界の結構な部分を満たしている木々ーー立ち木であれ、材であれーーを、普段全然気にせず生きていることが痛感されます。私は登山をしており、林業にも関わっており、森林科学にも多少親しんできたのに、木々への感性が薄いと悲しく思います。
 印象的な作品はいくつかありますが、まず心引かれたのは、冒頭の『えぞ松の更新』。エゾマツの倒木更新なんていう、すごく森林科学的な、ニッチな題材で驚いて読み始めると、専門的な題材でありながらも、感性は学者ずれしていない、清新な感性で書かれています。古木の水漬き、乾き、温もり。五感に感ずる、素敵な文章でした。
『灰』も良い。雨に濡れて生コン化した火山灰にまとわりつかれ被害を受けた木々の話なのですが、夏に枝を落としたため秋に青葉を茂らせる楓の不気味さ、悲しさが印象に残ります。
 小川和佑『桜の文学史』を読んで以来、表象される植物や植物の文学的認識に心惹かれています。山屋としても、幸田文のような、文学的感性を持って、植物に接していけるようになりたいなぁ、と刺激になりました。
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2018年12月11日

阪急電車(有川浩)

 有川浩さんの作品です。中学時代に読んだことがある作品ですが、「場所論」に興味があるのと、ちょうど今阪神間の郊外開発の勉強をしているのとで再び手にとりました。
 電車の中というのは、不思議な場所です。互いに知らない人同士がものすごく近い距離で接している。毎日同じ通勤・通学電車に乗っていると、なんとなく顔見知りが出来てきます。しかし、それでも殆どの場合、何か話すということはありません。電車というのは、他人同士が時空間を共有する、不思議な場所。
 この小説は、阪急の今津線を舞台に、そうした、普通話すことのない人たち同士が繋がりわかれながら繰り広げられてゆく人間模様を描いています。あたたかくて、時に心ときめく素敵なお話。以前読んだのが思春期手前ぐらいだったのですが、恋愛の描写などを読んで感じる気持ちは全然違うなぁ、と感じます。当時はあんまり感情移入できず、それに魅力を感じなかったのですが、いま読むと、図書館で一人きゅんきゅんしてしまう。
 壮大なラブストーリーや勧善懲悪譚ではなく、日常の中に、ささやかな物語が進んで行くのがこの小説の魅力だと思います。そこには、大都市郊外のベッドタウンの生活電車といった場所性もよく効いています。谷崎潤一郎の『細雪』などでは、阪神間の郊外はまだ富裕層のものですが、この作品の描かれている現代では、広く庶民も住む土地となっています。しかし、作品に描かれる人々や町々は、庶民的でありながら、どこか近代の、ゆったりとした、モダンで文化的な香りもほのかながら残っているような気もします。
 小さな路線の中の、素敵な物語。阪神方面を訪ねる時があれば、今津線にも乗ってみたいという気になる小説でした。
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2018年09月07日

紙婚式(山本文緒)

 山本文緒さんの短編集です。収録作品は『土下座』『子宝』『おしどり』『貞淑』『ますお』『バツイチ』『秋茄子』『紙婚式』。
 結婚、夫婦の綻びをテーマにした短編集で、妹に勧められて読みました。
 夫婦生活というものは安定したものというイメージがありますが、外観の安定の中、実際の心中はどのようにあるのでしょうか。この短編集はそうした心情を描いた作品群です。印象に残ったのは『子宝』『秋茄子』『紙婚式』。
 『子宝』は「生」とその裏返しにある「死」がキーになったお話。梶井基次郎の『桜の樹の下には』を夫婦生活に落とせばこのようであろうか、という感じです。死が恐ろしいという気持ちが生のグロテスクさと繋がっているというのはよくわかります。
『秋茄子』は唯一?後味の良い終わり方をしている作品です。口ではああ言いながらも、母親への愛に溢れる旦那さんは子供っぽい一方で可愛らしくて、良い終わり方だと思います。
『紙婚式』はテーマが良い。婚姻届は単なる紙切れと言っても、本来他人であったものを家族にするという呪術性を持ったもの。契約というとドライなようですが、人間を深く結びつけるものでもあると思います。
posted by みさと at 17:29| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月08日

おせっかいな神々(星新一)

 星新一さんのショートショート集です。星新一さんの短編集を丸々一冊読んだのは、恥ずかしながらこれが初めて。友人のおすすめで読みました。短いページに切り詰められた一つ一つの作品が、秀逸な諷刺画のようで、面白かったです。人の行動や社会の潮流の愚かさが諧謔に描かれています。ブラックユーモアは中学時代に好んでいたので、その時分に読んでいたら、ハマっていたのだろうな、と思いました。

 星さんの作品は、人の心情の機微には筆を割かないので、かなり硬質な雰囲気を感じます。それが冷笑的なブラックユーモアとよく合っていて、ある魅力を感じさせます。
 このような短編をそれこそ星の数ほど書くことのできる星さんの発想力には、本当に恐れ入ります。
posted by みさと at 20:46| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月29日

孤高の人(上)(下)(新田次郎)

 新田次郎さんの山岳小説です。地下足袋を履き、超人的な速さで一人山を歩く単独行の加藤文太郎が主人公。

 私はワンダーフォーゲル部で沢登りをしていますが、彼みたいな、少し世間離れした、偏屈な人間というのは、山をやる人間の一つの理想であるような気がします。なぜ山に登るのか。この本のテーマの一つもそれです。その理由は色々あるでしょう。加藤文太郎は、山を登ることで自らを見つめ直す、自らや自然と語り合う、と書いていたような気がします。そう言った認識は、多くの登山家にあるのではないでしょうか。世間からの離脱が目的の一つなのです。

 私はどうでしょう? 私は、ある意味人とのつながりを求めて山に行っているような気がします。山は本来的に人のいないところであるからこそ、そこで会える/一緒に行っている人と親しくなれる、という気がします。加藤文太郎が、他のパーティーに合流したがったのも良くわかります。高校時代、柏原の高尾山の山頂で、色々な登山者と一緒に長時間話し込んだこともたくさんありました。
 もちろん、美しい風景や自然の営みを全身で感じたり、岩や滝を攀じる時の興奮もあります。岩や滝。死と隣り合わせにあるからこそ、自らの生命が下界の何処にいるよりも輝いて感じ、自らのあり方を考える見方も変わりました。
 山は人から離れつつも、人に近づくことのできる両義的な場であると言えるかもしれません。



 ワンゲルの仲間ーー特に沢登りをしている仲間は、世間を少し軽蔑しているきらいがあります。世間から離れ、山に打ち込む「孤高の人」が一つの理想像であると感じます。

 私は加藤文太郎のような単独行はできません。簡単なハイクや縦走路ならば、一人歩き道ゆく人と言葉を交わすのを楽しむかもしれませんが、沢登りや岩登りのようなことは、仲間がいるからこそ、物理的にも精神的にも安心して、楽しむことができる気がします。私は「孤高の人」という登山者の理想からは、かけ離れた存在です。

 
 また所帯を持ち、山から離れていく終盤の文太郎を見ると、少し身につまされる思いもあります。私は古い家に生まれたからか「イエ」意識が高く、こんな危ないことをするのはイエや家族に対して無責任なのではないか、と自問自答します。加藤と順序は逆ですが、怪我で山を休んでいる間に恋人ができたりもしました。ハードな山と社会生活を両立することは難しいということはよく頭に浮かぶことです。後輩に、「先輩は守るべきものが多すぎる」と言われました。そうかもしれない。私は、他のワンゲラーと比べて社会的なつながりが多いです。
 そういうことでずっと煩悶しながら沢登りを続けてきました。皮肉にも膝を怪我し、ハードな山行からは強制退場ということになってしまいましたが、、、。


 色々自分の登山観について考えることのできる一冊でした。個人的なことばかり書いてしまいました。乱文失礼。
posted by みさと at 17:59| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

死国(坂東眞砂子)

 坂東眞砂子さんの小説です。

あらすじ
 明神比奈子は20年ぶりに故郷の高知・矢狗村を訪れる。幼馴染の莎代里が18年前に事故死をしていたことを知り、衝撃を受けるが、さらにその母親の照子が彼女を黄泉の国から呼び戻そうと、四国八十八箇所を逆に回る「逆うち」をしていることに気づき、さらに愕然とする……。




 坂東眞砂子さんといえば、「伝奇」「民俗」「土俗的感性」などの文句にひかれ、小学生か中学生の頃に手にとったことがあります。『屍の声』だったかな。性に目覚めるか目覚めないかのその当時、そこに描写されている強烈な性の描写に衝撃を受けた記憶。最後まで読みきれなかったような気がします。
 そのころと比べると、私も(多分)大人になり、受け入れられるようになってきました。伝奇ものや民俗と「性」はかなり相性の良いというか、切り離せないもので、てらいなく強烈な性の描写を入れてくる坂東眞砂子さんの作風は、伝奇小説に素晴らしくあっていると思います。
 あらすじ自体はどこかにありそうな内容でしたが、一気に読めるくらい楽しめました。『屍の声』を再読したり、直木賞を受賞した『山妣』を読んだりもしてみたいな、と思います。


メモ的に、感想をまだ書いていない本のリスト
谷崎  『細雪』
ベルク 『日本の風景 西欧の景観』
フロム 『愛するということ』
posted by みさと at 10:17| 奈良 | Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

乳と卵(川上未映子)

 川上未映子さんの小説です。ふと本棚にあるのを見つけて読みました。関西弁の口語体の文章で、豊胸手術をしようとする母親と、母親に対して口をきかなくなった思春期の少女を描いています。
 関西弁の文章は文としては破綻しているところもありますが、不思議と読みやすく引き込まれます。
 同時に収録されている『あなたたちの恋愛は瀕死』はたまたま不幸な形で出会う男女の模様が描かれています。個人的には、こちらの方が好みかな。
posted by みさと at 16:39| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

われも恋う(堀田あけみ)

 堀田あけみさんの連作集です。収録作品は『両手一杯にかすみ草』『桔梗のかなしみ』『われもこう』『クリスマスの花』『グッバイ ナルシス』『So Many Roses たくさんの薔薇の花』です。

あらすじ
 大学生の俺は、自分が信仰するように恋する有紀子のために起こした行動をきっかけに、花屋でアルバイトすることになった。六つの花をめぐる、六つの恋の物語。




 サークルの本棚でふと手に取ってみた本です。殆ど恋愛小説というものは読んだことがなかったのですが、中々楽しんで読めました。
吾亦紅の花、個人的に好きで手に取ったということもあります。すぎもとまさとさんの歌もあってか、もの悲しいイメージが強い花ですが、この小説でちょっとだけイメージが変わった気がします。われも、また、紅い。
一番のおすすめは『両手一杯にかすみ草』ですね。女性の不器用さ、変化がとても良い感じ。強がって着飾る女性と可憐なかすみそうの対比も好きです。両手一杯のかすみそう、素敵ですね。
『桔梗のかなしみ』も、花のイメージと物語があっていてよいな、と思いましたが、「トルコキキョウ」は私のイメージしていた桔梗とは違うみたいで……。でも、ちょっとやるせなくて、切なくて、悲しい良いお話です。
 ちょっといじっぱりで古風な主人公とか、かすみ草に出てくる女性とか、これが書かれた1991年だからでてきた発想なのだろうな、と思いました。現代のジェンダー観とか文化とかだと全然違うものが出てくる気がします。現代なら、携帯電話――ましてやスマートフォーン、ラインがあって恋愛の形も全然違ったものとなっていることでしょうし(19歳でありながら去年スマホを持ってから恋愛したことがない、自分に苦笑いですが)。

 いつ役に立つことがあるんや、なんて思いながらも花言葉を覚えてみたいな、とも少し思いました。


評価:B
posted by みさと at 14:53| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

コンビニ人間(村田沙耶香)

 村田沙耶香さんの小説です。

あらすじ
 古倉恵子は就職もせず、コンビニバイトを続けて18年になる。36歳で、未婚。子供のころから「普通でない」と言われた彼女が「普通」として生きられるのがコンビニバイトという形であった。しかし、彼女が「普通のコンビニ店員」として18年も働き続けるのは「普通でない」と周囲の人は思っており…。




 去年だったか、芥川賞を受賞した作品ですね。「普通であれ」という社会の要請は確かにあります。思春期などはそれをあえて逸脱しようとしたり、それを超えると、その要請に従おうとしたりするものであります。
私は幼いころ、その要請に恐らく気づかずに無視し続け、恵子さんのように「変わった子」と思われたり、中学時代はその世代の子供にありがちなようにあえて抜け出そうとしたり(いわゆる中二病ですね)…。一転中学の終わりごろからは普通であろうとあがいていた記憶があります。一度立ち位置が成立した後普通に戻ろうとするのは極めて難しいものでしたが。特に中高一貫校だったので、心理の変化に応じて立場を変えるのが容易ではありませんでした。
 今ではよくも悪くも人の望む「普通の」大学生に成り下がっている自分に気づきます。それがいいのか悪いのか…真実の自分は「普通」なのか、そうでないのか…。しかし、人はそれ単独で存在できるというわけではなく、他者や世間とのかかわりの中で自己というものを形成しているということを考えると、やはり「普通の」今の自分が自分であるのでしょう。恵子も「普通」から逸脱しているとはいえ、周囲の人の影響を受けながら彼女の「普通」でない自己を形成している。それって何か皮肉な気がします。
 「普通」というものを深く考えさせる良い作品でした。

評価:A
posted by みさと at 15:27| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする