2018年10月17日

陰翳礼讃・文章読本

 谷崎潤一郎の随筆集です。収録作品は『陰翳礼讃』『厠のいろいろ』『文房具漫談』『岡本にて』『文章読本』です。

 最近新潮文庫で購入しましたが、どの作品も高校時代に読んだことがあります。
 中でも『陰翳礼讃』は、高校時代に最も影響を受けた文学作品でありますが、色々知識の増えた今、改めて読むとやはり良い。照明や厠、料理、建築などなど話の題材は多岐に渡りますが、高校時代にもっとも感銘を受けたのは食の話です。
 羊羹について
「玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさを啣んでいる感じ、ーー」(p29)
「人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ーー」(同)
 などと述べています。表現の美しさに悶え、羊羹を買いに走りたくなる思いに駆られます。普段何気なくとっている食事のなかに美があることに気づかされましたし、できるだけ部屋の照明を落とし、日本の食器を使って食事をしたいと感じました。

 私の所属する京大総合人間学部環境構成論分野では、建築論も専門の範疇に入っていることもあり、日本建築のトピックも強く印象に残りました。深い庇や障子を通してほのかな光を取り込むことによって生じる微妙な陰影が日本の奥ゆかしき美を幻出する。折しも『大阪の民家』という民家の写真集を並行して読んでいたこともあって、その美しさが実感を持って理解できました。実家に帰った時や親戚の家を訪れたときに、この感性を持って家の陰影を感じて見たいと思います。

 『厠のいろいろ』は、冒頭に出てくる、大和上市の空中の厠が印象的です。尾籠な内容でありながら、部分によって爽やかさすら感じるユーモアがあり、読んでいて気持ちの良い小編でした。

 『文房具漫談』の内容は、かなり現在の文章論の通説となっているところが多く、首肯しながらするすると読めました。これまでの経験で理解しているところが多いものも、特に無用な装飾に凝り含蓄が現在されている文章が近年多く見られるという指摘には、耳が痛い限りです。


 『陰翳礼讃』には、本当に世界の見方が変わると言っても誇張ではないほど影響を受けています。まだま読書量の足りない私が言うのも軽薄ではありますが、座右の書と言っても良い一冊であります。
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2018年08月15日

刺青・秘密

 新潮文庫、谷崎潤一郎さんの短編集です。収録作品は『刺青』『少年』『幇間』『秘密』『異端者の悲しみ』『二人の稚児』『母を恋うる記』です。

 『細雪』に魅せられて、谷崎に手を出しています。 『細雪』は関西の上流社会を秀麗に描いた地理的小説、風土的小説と言えますが、この短編集は、江戸が物語の舞台であるものがほとんどです。

 とりわけ、『異端者の悲しみ』は江戸の庶民社会のに生きる人物を描いたものという意味で、『細雪』と対照的なものであると言えるかもしれません。この小説は作者・谷崎を思わせる東大の貧乏学生・章三郎の頽廃的な生活を描いたもの。
 ーーベルグソンの「時と自由意志」の論旨を…細かい理屈は何一つ覚えていなかった。にも拘らず、彼は自分が折に触れて、こう云う高尚な問題にまで考えを及ぼし得る智力がある事を、非常に嬉しく感じ始めた。(p140)
 己の能力を過信し、他者を卑下する事で成り立つ歪んだ自尊心が放埓な生活の中対照的に浮き彫りにされています。京大に通う私にも少なからず同じような心の動きがあり、うっと心に刺さるところがありました。
 また、ものうく荒廃した家庭と生活、精神の中に、病気の妹・お富の冷たい瞳が突き刺さるのも効果的で、非常に印象に残りました。
 ーー凹んだ眼科の奥に光って居る凄惨な瞳を、ごろりと一方へ回転させてじろじろと兄の様子を見据えた。(p138)
 

 地理的小説として秀逸だと思うのは、『秘密』です。普段生活している町の中にも、全く通ったことのない場所というものは少なからず存在します。この小説は、そうした場所がテーマ。幼い頃には点と線で構成されていた生活空間が、面的な広がりを持つようになってくるにつれ、こうした道は時折眼前に現れてくるようになります。私自身馴染みある町の見知らぬ姿は、不思議で、とても魅力的で、心踊ります。小説に取り上げられて見て初めて、とても不思議で面白い題材だな、と気づきました。
 ーー丁度瀬の早い渓川のところどころに、澱んだ淵が出来るように、下町の雑沓する巷と巷の間に挟まりながら…閑静な一郭が、なければなるまいと思っていた。(p98)
 大都市という巨大な空間には、ほとんどの人にとって知ることのないこうした場所があるのではないか、という感覚はすっと腑に落ちます。都市は巨大であり、人間の認識のスケールを超えているため、(実際は全ての人の生活空間を重ねれば都市全てを覆い尽くすのでありましょうが、)人間に埋め尽くされていながら空虚な隙間が生じていると感じてしまうのでしょう。
 「秘密」が暴かれたところで場所の魅力が消滅してしまうという結末は、このテーマをおとすには良い結末だと思います。

 『刺青』『少年』『幇間』は、世間で言われる谷崎のイメージ像を体現したような作品。猟奇的でやや性的な物語をぞっとするような美しさで描いています。特に『刺青』は極めて短い中にそれがよく現れており、さすが名作の誉れが高い小説だと感じました。
 『二人の稚児』はこの本書の中では特異な印象を受ける作品で、仏教説話的な物語です。見たことのない「女性」の煩悩に悩まされるというところは他作に見られる谷崎の筆がよく現れている気もします。
 『母を恋うる記』は幻想的な舞台の中、谷崎の作品の多く通底する母への慕情を描いた作品です。五感が極めて繊細に描かれており、極めて美しい一作です。

 性的倒錯を描きながらも、えぐみを感じさせず、極めて美しい物語群。思春期に『春琴抄』を読んで衝撃を受け、敬遠していた作家さんですが、二十歳になった今になってその世界に魅了されています。『痴人の愛』あたり、また他の作品も読んで見たいと思います。
posted by みさと at 22:34| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月10日

古都

 川端康成さんの小説です。京の街に捨てられ、呉服問屋の一人娘として育った千恵子と、北山杉の里・中川で働く村娘の苗子。生き別れた双子の姉妹は祇園祭の日にめぐり合います。
 美しい四季の移り変わりに、京都、平易で流麗な文章。全体として、谷崎の『細雪』を連想させます。作中では、様々な行事、名所を用いて京都の四季を描いています。京都を舞台に、二人の娘をめぐる人間模様を描いているのか、二人の娘を通じて「京都」を描いているのか。京都の「名所図会」的な小説だな、と感じました。

 また、中でも近代化に揉まれる「京都」がこの小説ではよく描かれていると感じます。
ーーそのうちに、京都じゅうが料理旅館になってしまいそうな、いきおいやな(p186)
 という太吉郎の言葉。実際の生活から遊離し、観光地として概念化・テーマパーク化されていく京都への危惧がよく現れた言葉だと思います。
  また、苗子の言葉に、

ーーうちは、原生林の方が好きどす。この村は、まあ、切花を作ってるようなもんどっしゃろ……(p166)
 というのもあります。杉の植林も、現在では「自然」とみなされることも多いですが、人為によって構成されるものです。川端の嗜好として、恣意的に構築されたものを厭い、自然や人の営みによってありのままに成り立つものを求める傾向があるのかもしれません。もっとも、杉の植林を「冬の花」とか「数寄屋」に例える記述もあり、その美しさを、それなりには評価しているとは思いますが。

 私自身、杉の植林というのは、不思議な感じを受けます。昼間にみれば、人の営みを感じてとても親しい印象。厳しい沢を登っていて突如植林が現れればとても安心します。しかし、夜中にみる杉林は異様な感じがして、見ていると不安さえ感じます。のそっと真っ白な柱が屹立している様子。見てはいけない何かが露出している感覚。人間の白骨を見ているような感じ、とでも言えば良いのでしょうか。

 奈良の喫茶店で一気に読んでしまいました。このような雰囲気の作品は好きですし、色々感じること、考えることもありました。
posted by みさと at 00:07| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月03日

金閣寺

 三島由紀夫さんの小説です。1950年の金閣寺焼亡事件をモチーフにしたお話で、吃音症をもつ青年が鹿苑寺の小僧となり、美への想念や生や社会に拒まれた恨みを募らせながら金閣寺を焼くに至るまでを描いています。
 主人公がイメージとして思い浮かべる金閣と実際の金閣へ感じる美のズレは、人の普遍的な美の認識をよく表していると思います。自分の中で理想化しすぎて、実際目にしたときあれ、こんなものかと思うことって、よくある気がします。美に限らず、人間や他のものについても。構築主義の話にも通ずるところがありますね。

 永遠に続くであろう建築の美が、空襲で焼けるかと思われるときに、いつになく親しいものに感じられるようになったというくだりも強く印象に残っています。炎に脅かされてはじめて儚い人間と同じ次元に至るのです。戦争が終わったとき、金閣は「音楽の恐ろしい休止のように、鳴り響く沈黙のように、そこに存在し、屹立していたのである。」と描写されています。堅固な永劫の冷たい美をよく表していると思います。
 僧という聖職にありながら、主人公はやけに俗で、しかし、自分を拒否してきた俗を拒否しているのが、強烈な筆致で描かれています。生々しいような、硬いような、美しくも強烈な作風がとても印象的です。

 ものすごく濃い一冊で、考えることも多くありましたし、自分の思考が追いつかないところも多くありました。またそのうち読み返し、作品や三島の美学観をもっと深く考察してみたいと思います。
posted by みさと at 19:30| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

人間失格 グッド・バイ 他一編

 太宰治さんの短編集です。他一編というのは、『如是我聞』です。
 太宰さんの本は恥ずかしながらあまり読んだことがなく、多分『走れメロス』以外では初めてな気がします。
 『人間失格』の主人公・葉蔵は周囲の人が考えているのかを理解できず、得体の知れない他者に怯えるあまり、道化に走って自らを守っています。
 周囲の考えていることがわからず道化に走る、という気持ちはわかる気がします。私自身も、彼ほどではありませんが、人の気持ちがわからなかったり、「こういうときは一般的にこう感じるものだ」と相対化してしか把握できなかったりします。女の子を指差して友人が「あの娘、可愛いくね?」と聞いてきた時とか。私は人間を「可愛い」と思う気持ちが理解できないのですが、「そうやね」などと答えます。最近では慣れてきてそうでもありませんが、これは可愛いやかっこいいを表す「記号」であると強く意識しながら、キーホルダーやTシャツを買ったりしています。

 葉蔵は人間に怯えてはいますが、無垢な妻を愛したり、アンダーグラウンドの世界に生きる人には共感を持ち、つるんだりしていたことを考えるとどこかで人間を求めていたような、そんな気がします。


 『グッド・バイ』は未完の絶筆。最後には、自らの妻にグッド・バイされるという皮肉な結末で終わるという構想であったそうです。『人間失格』と比べ、かなり軽妙に物語が進んでいきます。

 『如是我聞』は、議論としては粗雑なものですが、太宰の思いが、文章を通じて熱いほどにまで感じられるエッセイ。肩書きばかりを重視する世間を痛烈に批判しています。

 どの作品にも世間への批判・皮肉が込められた一冊。惹きこまれて一気に読んでしまいました。
posted by みさと at 18:06| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月27日

細雪(上)(中)(下)

 谷崎潤一郎さんの小説です。船場の名家・蒔岡家の怜美な四姉妹とその恋愛・縁談を巡るお話です。

 谷崎作品で過去に読んだのは『陰翳礼讃』と『春琴抄』。『陰翳礼讃』では、その表現世界の美しさに魅せられましたが『春琴抄』ではその情緒世界の強烈さに圧倒され、しばらく敬遠していた作家さんです。
 昨冬のある日、友人らと映画「細雪」の上映会を行い、それがとてもよかったので、この本にも手を伸ばしました。とは言っても、この本を読んだのはもうひと月以上前のこと。忘れないうちに感想をつけなければならないのですが、だいぶ感想を貯めてしまっています、、、。

 上品な関西弁で紡がれる作品世界。(春琴抄などと比べても)とても読みやすいのですが、華やかな関西の上流社会が美しく描かれています。華やかな美しさの中に、どこか儚さが含まれているのは、作品自体の内容に加え、日本の円環しながらもいつか色あせてゆく無常の世界観が長い作品を通じて上手く描かれている(四季の移ろいと時代の経過、戦争のかげなど)からな気がします。
 この小説は関西という一地方を舞台としながらも、「日本」の美をよく表していると思います。関西は古来より天皇や貴族が住んでおり、日本の文化を育んできた場所(ーーただしただ文化的な中心であったというだけでなく、近代に「日本」の社会的構築の材料とされたところも大きいとは思いますが)でありますから、日本の儚き美を描くのに格好の舞台だったと思います。『細雪』が東京や山形を舞台にしていたらどうだったか、と思うとかなり違うものになった気がします。

 作品で描かれるのは関西の名家。裕福な暮らしに基礎付けられ、伝統的な文化的な趣味に飛んだ暮らしをする蒔岡家。
 私の実家も、蒔岡家ほどではなく、さらに商家ー農家の違いはありますが、大阪近郊で庄屋を務めた、それなりに裕福な旧家。曽祖父の代以前はそれなりに文化的な暮らしをしていたようで、蔵の中に先祖が詠んだ和歌が残っていたり、家に良さそうな掛け軸があったり、伯母がお茶を習っていたり、その残り香があります。しかし、農地解放での凋落や世代交代のタイミングなどで、もうその文化性を受け継ぐことはできていません(親戚づきあいや親戚の結婚事情などに社会的な性質は残っていますが)。だからこそでしょうか、過去の実家に重ね合わせて蒔岡家の生活を羨ましく思ったり、蒔岡本家の没落をみて胸が痛んだり、そして雪子の縁談にものすごく感情移入してヤキモキしたりしてしまいました。
 かなり好みでしたので、谷崎の他作品も読んで行こうと思います。
posted by みさと at 13:16| 奈良 | Comment(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

檸檬

 梶井基次郎さんの短編集です。『檸檬』『城のある町にて』『泥濘』『路上』『橡の花』『過去』『雪後』『ある心の風景』『Kの昇天』『冬の日』『桜の樹の下には』『器楽的幻覚』『蒼穹』『筧の話』『冬の蠅』『ある崖上の感情』『愛撫』『闇の絵巻』『交尾』『呑気な患者』が収録されています。

 全体として鬱々とした雰囲気の話が多く、隙間時間に読もうとしてもなかなか読み進まなかった記憶があります。それで『泥濘』〜『ある心の風景』くらいがあまり入り込めずに、頭に残らず…。しっかりと本を読むための時間をとった部分は、印象に残った作品が多い気がします。暗い話は自分の気持ちも暗いときに読めばいいのか、明るいときに読めばいいのかって、結構難しい問題な気がします。

表題作『檸檬』は有名な小説ですが、読むのは初めて。京都丸善に行ったことを契機に読み始めました。鬱々とした生活の中の一事件が、様々な感覚描写を通じて鮮やかに描き出されています。沈みがちの心のモノトーンの上であるからこそ、鮮やかな描写が極めて美しく現れているように思います。鮮やかな黄色、ぎゅっと詰まった形、そのままでもほのかに酸い香り、ひんやりとした手触り…。檸檬一つが、これほどまで魅力的に思えてくるのも不思議な感じです。
 檸檬以外についても、寺町の明かりや花火、びいどろの味など、この作品は秀逸な五感の描写に彩られています。世界には、こんなに感覚が満ちているのか、と驚きを感じました。私は、生活していく中で様々な感覚をどこかで感じているはずなのに、魚が網をすり抜けるようにそれらを見逃している感じがします。
 『檸檬』の次には、『桜の樹の下には』が印象に残りました。「桜の樹の下には、屍体が埋まっている!」という印象的な冒頭から始まる掌編。どこかで聞いたことのあるフレーズだな、と思えば、恩田陸『図書室の海』に収録されている『睡蓮』に引用されていました。この先品では、生と死を憂鬱とグロテスクの中で結びつけています。生(特に生殖)というのは、生々しい気持ち悪さを備えているものでありますし、死も(「無」と結びつけられがちであるものの)実際のそれは、腐乱し蛆が湧き、おぞましいものであります。また、気持ち悪さという点で結びついているというだけでなく、「生」は「死」の裏返しであるという点も、この小説において重要な要素であると思います。
 花というものは、一見可憐に見えますが、それは言ってしまえば生殖器であり、よく見れば気味の悪さを感じさせるもの。そのような、なんとも言えない気味の悪さを、この小説はうまく表している気がします。
 上二編以外にも、秀作揃いの良い短編集です。お薦めは、『冬の蠅』『ある崖上の感情』『闇の絵巻』です。憂鬱な感覚で捉えられる情景の描写が、とても素晴らしいです。
posted by みさと at 18:39| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月24日

春昼・春昼後刻

泉鏡花さんの連作です。

あらすじ
 眠気を誘うような暖かな春の昼下がり、散策子は集落を歩いた後、ふと山寺に立ち寄る。彼は住職に、最近集落であった不可思議な恋の物語を聞くが……。




 春昼。ぽかぽかと暖かな陽気。とろとろと眠気を誘うようなのどかさを感じさせる舞台設定でありますが、鏡花特有の妖美さ、不気味さが感じられる作品です。
 白い半透明の幕を透かして見ているかのような、そんな気持ちにさせます。砂をつかむ、という描写が終盤にありましたが、それがこの物語を象徴しているようで。
 物語自体がうとうととゆったりとした夢のようでありましたが、最後急展開で終わりまうが、その緩急が素晴らしいところ。

――渚の砂は、崩しても、積る、くぼめば、たまる、音もせぬ。
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2017年02月16日

夜叉ケ池

泉鏡花さんの戯曲集です。収録作品は『夜叉ケ池』『海神別荘』『天守物語』です。

あらすじ(表題作)
 三国岳の麓、琴弾谷。萩原晃は妻・百合とともに鐘楼守をしていた。明六つ、暮六つ、夜中丑満に一度ずつ撞かねば、山奥にある夜叉ケ池の水があふれて田地田畠、陸という陸が水に呑まれるという伝説があるのだ。村の信仰も最早廃れ、百合と外から来た自分だけが迫害されながらも鐘の信仰を守っていた。ある旱の夏、晃の旧友の文学士・学円が偶然訪れたが……。




 最近はまりつつある鏡花さんの戯曲。夜叉ケ池、三国岳はワンダーフォーゲル部で訪れたことがある場所でありまして、そのときまでにこの本を読んでいたならばもっと楽しめたのに、と悔しく思うところであります。夜叉ケ池までは登山道もあり、ミニアルプスといった体で景色も美しいところでありました。ところが池を抜けて三国岳のほうへ参りますと、次第に道も消え失せ、完全なヤブ山になります。ワンゲルは精神力の鍛練とルートファインディング(読図)能力の強化のためわざわざヤブに突っ込むなんてことをしているのです。あの時は『夜叉ケ池』という作品の存在は知っていたのですが、「ここが鏡花の戯曲の舞台か」という感慨も何もなく、「ヤブ!痛い!辛い!」みたいな感じでうんざりとしながら歩いていた記憶があります。
 閑話休題。『夜叉ケ池』、かねてより聞いていた通りの名作でした。人の手も入らないヤブ山の鞍部にある涸れることのない大池。未知の領域が大きく神秘性を帯びており、このような小説の舞台にぴったりです。失われつつある伝説を巡って行われる村人たちと晃たちの応酬が個人的には一番の良い場面だと思います。昔話ではなく、現代(執筆当時)を舞台としているのもポイントですね。
『海神別荘』は人間の小ささ、浅ましさがややSFチックな物語を舞台に描き出された佳作。舞台設定としてはSFに近い話なのに、ヴェルヌなどの雰囲気とは全然違います。鏡花の美しい文体ではまた日本の民話であるかのような印象を受けます。
 『天守物語』は人ならぬ者たちの描写が中心のお話。彼女らの美しさ、そして気味悪さが鏡花らしい文体でじわりと沁みてきます。ちなみに、作中で夜叉ケ池の話が出てきておっと思ったり。後半にて妖美な夫人が人間の乙女のように恋い焦がれる様子の描きっぷりはは本当に流石といった感じです。
 鏡花作品のいずれにも言えることなのですが、鏡花は起承転結の「転」が上手だと思います。美しさはそのままに物語が急展開していくダイナミズムは鏡花作品の大きな醍醐味なのかもしれません。

評価:A
posted by みさと at 15:36| 奈良 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

高野聖・眉かくしの霊

 泉鏡花さんの小説です。

あらすじ(高野聖)
 ある旅館での夜ーー道連れの僧は飛騨山中の峠越えのとき体験した不思議な出来事を語った。行く道に横たわる大蛇に、雨のように降り注ぐ蛭の森、そして妖しくも美しい女性の暮らす峠の一つ家……。鏡花怪奇譚の名作の一つ。




 以前アンソロジーで読んだ『薬草取』に魅せられ、鏡花をしっかり読んでみようと思い、生協で購入した一冊です。
 妖しく幻想的な中に、どこか俗っぽさというか、親しみやすさが混じるのが鏡花の特徴なのかもしれません。これのあるおかげで不思議な世界に自らを没入させてくれるのかもしれないと思いました。
 鏡花の怪奇譚は妖しさ、気味悪さ、恐ろしさと同時に絶妙な美しさが存在しています。風景や世界観はもちろんですが、『高野聖』ならば、一つ家の女の妙に肉感的で、艶めかしい描写。俗なるもののような、聖なるもののような不思議さに幻想的な靄がかかったような美しさが感じられました。そしてここに「白痴」とされる少年を配することで女の妖しさが増しています。また僧侶も語り手に対して気安い態度をとり、また最終的に女に心惹かれるという俗性を持ちながらも、女に惹かれるのは性欲などではなく「白痴」にたいする優しさを持っているところに由来しており、動物に変えられることもなかったという聖性をも持っているのも一つ。聖俗の交わり、幻想的な美しさの両方がよく顕れており、そういう点で鏡花の良さがよく表れた作品といえるかもしれません。
 ちなみに蛭の森の描写も見どころの一つだと思います。自分はワンゲルで蛭にひどくやられた経験がありトラウマを抉られたということもあるかもしれませんが(汗)、気味悪さがひどく印象に残りました。この肉感的な気持ち悪さが幻想性を帯びた物語のよいアクセントとなっているように思います。

『眉かくしの霊』も佳作。先にもあげた鏡花の魅力がよく伝わってくる作品です。雪の山国のさびれた旅館というのも物語によく合っていて、聖性と俗性の交錯する地点としても、美しさ、妖しさ、そして儚さを醸し出す舞台としてもよく機能しています。日本の伝統的な怪談の妖美さが感じられる短編です。


評価:AA
posted by みさと at 15:03| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(近代文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする