2012年11月17日

古町春日神社(柏原市)

 今回は古町の春日神社を紹介します。

 この神社の御祭神は天児屋根命、建御雷命、経津主命、叱当スです。
 この神社は元来畳屋甚右衛門氏の家に私祭していたものが、代官の万年長十郎によって大和川堤防の空き地に勧請されたものです。『柏原町史』によると現在(昭和30年)は築留(つきどめ)にあるとなっています。
 『柏原町史』など多くの古資料に記述があり、また数多くの御祭神があることからかつては大きい神社だったと考えられます。現在は神社として地図に記載はありませんが、古町の街道から少し裏(北方)に入ったところにある児童公園の一角を占める小祠として残っています。


 資料を読んでいるとよく出てくる割に所在が分からなかったので、かねてより気になっていた神社です。ふとしたことで発見したので、すぐに見に行きました。古町と資料には書いてありましたが、現在の町名は上市一丁目です。閑静な住宅街の中にさりげなくありました。小さなまちのほこらがかつては大きな神社だったかもしれないと思うと、時の流れの力を驚異に思うと言えば良いのでしょうか、どこか不思議な感じがします。学校で何度も教えられた「無常観」という言葉が思い出されました。
th_IMG_2083.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 22:55| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月10日

金刀比羅宮(三郷町)

 今回は龍田大社近く・立野南一丁目にある金刀比羅宮(ことひらのみや)を紹介します。

 金刀比羅とは蛟竜や鰐の意味で、般若経や王舎城の守護神ですが、明治以後、大物主神と同一視されました。海上交通や漁師を司る神様だそうです。「こんぴらさん」と呼ばれ親しまれていますね。
 金刀比羅宮の総本社は香川県仲多度郡琴平町の象図山にあり、江戸以降、全国普及の波に乗ってこの立野の地にもやってきました。天正16年(1588年)7月10日に創建されたそうです。金刀比羅宮は河川近くの高台で祀られることが多いそうですが、この社もそれに漏れず馬場垣内の高台にあります。
 御祭神の大和川の剣先舟・魚梁舟(やなぶね)の舟運を護る神様として毎年7月10日に祭りが行われています。かつて昭和10年代頃までは昼は柿の入札のお金でお祭りをし、御神酒を飲み、夜には出店もあったそうです。
 また一緒に立像の不動明王がお祀りされています。こちらは金刀比羅宮より古く文明6年(1474年)の創建です。不動明王は知恵などを司ります。
 ちなみに、このお社は老朽化のため平成23年建て替えられました。
 解説版にご利益がまとめられていたので、それを引用しますと、「厄除け 学業成就 家内安全 家相開運 交通安全 安産祈願 農耕神」だそうです。


 金刀比羅宮。卒研のフィールドワークで龍田大社へ行ったときに発見しました。きれいなお社で、由緒書きまであったので驚きました。
th_IMG_0072.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 21:08| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月05日

多聞地蔵(三郷町)

 今回は三郷町立野北一丁目にあるお地蔵様を紹介します。
 花崗岩製で「半肉彫り」と呼ばれる彫り方のお地蔵様で、三郷町と王寺町を結ぶ青い橋「多聞橋」の側にあります。お地蔵様のは昔の、石橋時代の多聞橋が使われています(多聞橋は木、石、コンクリート潜水橋、鋼製と何度も架け替えられています)。
 衣を着ているので外からは分かりませんが、解説版によると「両手を胸前に組未宝珠を持つ清花連座に坐している」そうです。
 このお地蔵様は弘化三午年(1846年)七月、信貴山朝護孫子寺へ向かう参拝者の交通安全を祈り建てられました。それ以来、王寺方面への通勤通学者など、他の方面へ行く人も交通安全を記念するようになりました。
 このお地蔵様のある坂根(坂下)地区は信貴山への古い道標が多く、信貴山への登山口の色が強いです。150年以上、坂下の住人はこのお地蔵様を厚くお祀りしてきました。

説明板に 「多聞地蔵和讃(和讃:和語の讃歌)」が書かれています。
「幾百年の歳月を 雨降る夜も風の夜も
 みちゆく人々御守護成し 受けしすくいは数しれず
 皆その徳をしたいつつ 朝夕御香のたゆるなし
 げにありがたや地蔵尊 げにありがたや地蔵尊」


 多聞地蔵。幾度となく多聞橋を通っているのですが、お参りしたのは初めてです。自転車であちこち走り回っている私にとって交通安全の祈念は特に必要ですね。
th_IMG_2089.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 22:44| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月26日

磐座神社・くすり道(桜井市)

 今回は桜井市の大神神社摂社・磐座神社を紹介します。

 三輪山麓には、「辺津磐座(へついわくら)」と呼ばれる信仰のある岩が多数あります。この神社もその一つで、社殿はなく岩をそのまま祀っています。これは古き神道の形を良く残していると言われるそうです。小字地名は大黒谷です。
 御祭神は少彦命(すくなひこのみこと)です。少彦命は大物主神とともに国土を開拓した神様で、医薬治療の方法を定め、薬の神様として信仰を集めています。この神社の前を通る道はくすり道と言われており、薬関係の仕事をしている人々によって薬草や薬木、灯籠が奉納されています。


 磐座神社。ストレートな名前ですが、その素朴さが良いです。
th_IMG_0112.jpg




 くすり道。どれが薬草かは分かりませんでしたが……。
th_SN20120814_0018.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 16:00| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月25日

関地蔵(三郷町)

 今回は三郷町立野南三丁目にある関地蔵を紹介します。

 このお地蔵さんは三郷駅からすぐ、立野高山の高山自治会館の側にあります。この地蔵の頭についている「関」とは、元々竜田の関から来ているそうです。竜田の関は不破の関(岐阜)・吉備の関(岡山)・石見の関(島根)とともに日本四関に数えられています。いずれも天武天皇の時代に作られました。古くから竜田の関の近くにあり「関の地蔵さん」として慕われているそうです。
 水害で傷ついているところも多いですが、そういうところも含めて歴史の生き証人と言えるでしょう。
 ここに関があった、ということも以前触れた三室山の奈良県(大和国?)移管以前の県境(国境?)が関屋川であった裏付けになると思うのですが、どうでしょうか……。


 関地蔵。向かって左側に説明板があります。さりげないところにもこのようなものがあるなんて、やはり三郷は歴史あるところだと思いました。
th_IMG_0038.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 23:42| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月24日

白親大神(柏原市)

 柏原市河原町にある神社・白親大神を紹介します。

 道路地図や地形図には載っていませんでしたが、グーグルマップで見つけました。家から遠くなく、よく行くところの近くにあるので、用事があって前を通るときに足を止めて参拝することにしました。元々新田だった為か近くに神社がなく、ぱっと見てすぐそれと分かりました。
 この白親大神は昭和二十五年頃、清洲近辺に大きな災害があったときに、地元の信仰心の厚い方々によってお祀りされたそうです。以後災害のないように、と。御祭神には白親大神以外に伊勢の天照大神と猿田彦大神がいらっしゃいます。
 昭和二十五年ですと、大分最近です。これだけ新しい神社というのもどこか新鮮な感じがします。


 いや、それにしても、柏中の側にこんなところがあるなんて、全く気づきませんでした。日常の生活の場にこそ意外なものが眠っているものなのですね。普段何の気もなしに歩いているところを改めて見てみるというのもまた一興ですね。
 清洲や河原町などの市村地区は柏原の中では新しい建物が多い地域ですが、この祠は町並みにとけ込んでいました。神社やお地蔵さんはどんな町並みにもとけ込むから不思議なものです。一応念のために言うておくと、下の写真に写っている自転車は私のものではありません。
th_IMG_0003.jpg




th_IMG_0001.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 22:57| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月16日

祓戸神社・夫婦岩(桜井市)

 今回は前回紹介した大鳥居・綱越神社より参道を進みまして、手水舎の手前にある摂社・祓戸神社と夫婦岩を紹介します。

 祓戸神社は二の鳥居をくぐってから初めに見る祠で、参拝者はここを初めにお参りして心身を清めます。ご祭神は瀬織津姫神・速秋津姫神・気吹戸主神・速佐須良神。お祀りされている神様はお祓いを司る神様です。なお、この神社のある小字地名(大字三輪)は「御手洗川」です。地名もお祓いを意味しているように見えますね。
 夫婦岩は仲良く並んだ二つの岩で昔から磐座信仰があり、中世には「聖天石」と呼ばれていたと伝えられています。この二つの岩は昔大和国で仲良く長寿した夫婦の古跡と言われています。夫婦円満や安産の霊験あらたかだそうです。この夫婦岩は大物主大神と活玉依姫(いくたまよりひめ)の恋が由来とされています。

 祓戸神社。綱越神社と祭神が同じで、役割も似ていますが、何か関係があるのでしょうか……?
th_IMG_0096.jpg




 夫婦岩。中学生の私には関係ないかなと思っていましたが、恋愛成就の霊験もあるそうです。
th_IMG_0099.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 09:46| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

弁財天岩(柏原市)

 大阪府柏原市大字青谷にあるJR河内堅上駅を出て、駅前を北北東に道なりを進むと、左手の山肌に「辮財天参道」と書かれた立て札が見えてきます。そこから続く山道を登っていったところにあるのが、大きな岩を祀った小屋です。道はかなり荒れているので注意して下さい。距離は短いですが、できれば普通のスニーカーではなく、登山靴を履いていった方が良いと思います。
 参道を登っていくと、ほどなく小屋が見えてきます。小屋の裏にご神体の岩があります。私が初めて訪ねたときは岩の存在に気づきませんでした。参道を下ってからそのとき同行していた友人が小屋の裏に岩があったと教えてくれました。後ほど土地の人に聞くと、その岩が弁天様だということでした。
 それでふと思い出したのが、亀の瀬(同市大字峠)のこと。亀の瀬にはかつて、弁財天岩と呼ばれる岩があったそうです。戦前にはしばしば水の通りを良くする為に亀の瀬を発破したそうですが、そのときに信仰のあった弁財天岩をここ青谷に遷座したのではないでしょうか。
 この後思い出したのですが、丁度現在の弁財天岩の対岸の同市国分東条(ひがんじょう)町に「亀乃瀬弁財天国分寺」というお寺があったこと、また東条と青谷の間を結ぶ橋の名前が弁天橋ということも何かこの弁財天岩と関わりがありと思うのですが……。何ぶん資料が少ない、これも私の推測に過ぎません。まあ、また気長に調べ続けるつもりです。


 弁財天参道。私はスニーカーで登りましたが、あまりおすすめは出来ません。草が生い茂っていて登るのが大変でした。
th_IMG_0063.jpg




 弁財天岩(右奥)。やはり神聖な雰囲気がありました。これまで磐座信仰というのがピンと来なかったのですが、今回の弁天様で何となく分かりました。
th_IMG_1771.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 22:33| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

竜王社(柏原市)

 竜王社という社をご存知ですか? 柏原市大字峠にある地図にも載っていない社で、亀の瀬の東方、工事中の新橋の方に向かう道を通り、そこから分岐している広場のようになっているを通って進むと狭い未舗装の山道になります。その未舗装の道を右側に進むとある社です。
 そこへ行った5月26日は、道が未舗装になったところで「工事中のため立ち入り禁止」という看板が上がっていました。しかし、"参道"という看板もあったので、立ち入り禁止は左側の道だけだと勝手にきめつけて参詣しました。
 一日にどれくらいの人が参拝しにくるのかは分かりませんが、地図に載っていないからといって別に特別荒れているということもなく、普通の社でした。
 江戸時代、社のある亀の瀬は大和側の魚梁(やな)船と河内側の剣先船、二つの運輸舟の合流地点であり、交通の要衝でした。社近くの案内板によると、ここには剣先船仲間によって奉納された石灯籠が残っているそうです。が、どれがそうなのかはっきりとは分かりませんでした。おそらく写真手前の灯籠だと思います。
 また、大和川河川事務所によると役行者がこの社に満願のお経をおさめたそうです
 三郷町史のいずこかに書いてあったのですが、「地辷り(昭和六年・大字峠字夫婦塚を起点とする大規模地辷り)の際に、周りの崖は崩れたが亀ノ瀬八幡が鎮座する一角は崩れなかった。その後住民の亀ノ瀬八幡に対する信仰はますます深まった」とあります。
 気になるのはこの社の由来。三郷町史の挿入地図には「亀ノ瀬八幡」という名前の神社が丁度竜王社の位置に書かれていますが、由来については全く触れず。また、何故に『竜王』なのか、気になるところであります。三郷町の竜田大社と関わりがあるのでしょうか? 近くの峠八幡、藤井八幡との関係は……?
 謎に囲まれているこの社には禁じえがたい魅力があります。謎を好む人間のは人間の性ですが解き明かしたいと思うのも人間の性です。気長にこの社について調べていきたいと思います。

th_IMG_0006.jpg


よろしければクリックお願いします↓
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 奈良 その他の街情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 柏原情報へ
にほんブログ村
posted by みさと at 21:47| 大阪 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 町のほこら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする