2020年04月01日

花見と桜 <日本的なるもの>再考(白幡洋三郎)

感染症の流行で中々し難い時節柄ですが、一応お花見シーズンということで手に取った新書。筆者は世に「桜」論は多くありますが、それらはあくまでテクストベースであり(しばしば国粋主義などの精神主義と結びつけられ)、修辞に蹂躙されていない、群衆と桜の関係を描いた「花見」論は見られないとして議論を始めます。
 筆者によると「花見」は「群桜」「飲食」「群集」の三要素を持って「花見」が成立します。この定義によると「花見」は海外に見られぬ日本独自の文化であります。
「花見」は中国への憧れから生じた貴族的・儀礼的な梅の花見の伝統と、豊作を祈る農村の「春山行き」の二つの文化の融合して生じたものだという理論は興味深いです。このため花見の名所は郊外に多く作られたと述べられています。具体的事例としては、徳川吉宗が飛鳥山、向島、御殿山に桜を植樹しましたが、これは鷹狩りのための野生鳥獣の保護のためであり、農民への慰撫策であり、都市民を消費者として惹きつける観光振興策でありました。筆者はこれらの公園を都市拡大に伴う郊外公園のさきがけとも位置付けています。

 色々と面白いトピックの多い一般書でありましたが、この本の議論の出発点となる三要素が個人的にはあまりすっきりしませんでした。イメージで恐縮なのですが、「群桜」「飲食」「群集」からなる「花見」は(筆者は都鄙折衷と述べていましたが)どちらかというと都市的なもので、あまり農村にはないものなのではないでしょうか。そもそも農村には「群桜」があるところは観光地をのぞいて少ないでしょうし、そもそも「群集」は成立しません。
私は都市郊外の旧農村に生まれましたが、個人的な経験としても、神社や駅の桜を観に行ったり写真を撮ったりした記憶はありますが、シートを敷いて飲食を伴う「花見」をしたことはありませんでした。大学に上がって上洛して初めて、こうした「花見」を経験しました。初めてで不思議な感覚を受けた記憶が残っています。
ちょっと「花見」というものを狭義に設定しすぎているんじゃないか、もっと多様な花見のあり方を議論しても良いのではないかな、と感じました。

筆者の白幡さんは京大農学部の造園学(現環境デザイン)教室出身。今でこそ生態学寄りのイメージが強いですが、かつては西田正憲さんとか小野健吉さんとか文化/歴史系の研究者も多く輩出しています。柴田先生のやっているような今の研究も面白いですが、私自身の研究が文化史的なところなので庭園史系が弱くなってきたのはちょっと寂しい気がします。
posted by みさと at 13:58| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(森林/造園,農学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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