2019年11月25日

日本空間の誕生(阿部一)

 阿部さんはイーフー・トゥアンの翻訳者として知られ、日本の現象学的地理学の研究者として有名な方です。
 この本ではコスモロジー・風景・他界観をキーワードにして、日本における視覚世界の仕組みを解き明かしています。「日本空間」と題にありますが、それを時空間問わず単一のものとしてみなすことはなく、歴史に沿って、日本の地理的空間もある程度意識しながら理論を展開しているところが地理学者らしいところ。
 阿部さんは元々自然地理学の畑出身らしいですが、現象学的なところを基礎とし、歴史・考古・民俗・文学・文明論・精神分析などかなり広い議論を参照しておられます。わたしは民俗学や思想史的なところの勉強をあまりしてこなかったため、少し議論の展開の速さというか、ジャンプの大きさみたいなものに戸惑いを感じるところがありましたが、どれも面白いものでありました。天や海という宇宙水に浮かぶ「シマ」のコスモロジーの話や、海や山が死と再生をもたらす他界であるという話は壮大ですが納得できるところも多く興味深かったです。

 視覚世界について、阿部さんは「環境」「見かた」「表現」の三者が相互に影響しあって成り立っているという構図を図示しています。現象学的地理学系の議論では、おそらくよく見られる空間理解のあり方であると思うのですが、歌枕や風景を研究する私にとってはかなりわかりやすく使いやすい図であります。「環境」-名所を歌枕的な「見かた」を通じて(しばしば実景とは関わりなく)知覚し、和歌の「表現」を産出する。和歌の「表現」の本歌取りの繰り返しで歌枕的な「見かた」が共同化、定型化されていき、その歌枕的「見かた」をもとに環境に働きかけるということが生じます。
「見かた」の共同化は、文字の誕生以前は小さな共同体におけるイメージに過ぎなかったものでありますが、文字によって共同体を超えた規模の集団に共有されるようになります。共同体の外部からの視線によって見出されたイメージが文字などの表現を通じて風景となる、と述べられております。日本における「風景」の誕生は、阿部さんによれば文芸の誕生する「万葉集」の時代であるのです。「風景」の発見についてはその定義によりますし諸説ありますが、この解釈も面白いと思います。個人的に、柄谷行人はじめ様々な風景論で見られる近代の西欧的風景の流入を「風景」の発見とする見方には、それ以前の日本の「名所」的、「歌枕」的風景は風景でないと言っているようで、少し違和感があります。


 卒業論文に使えそう、と思って読んでこの間のゼミ発表にも取り入れたのですが、色々指摘も受けて、現象学的地理学の見方はやはり一つの学説(しかも、地理学の中でも特殊な)にすぎず、特に建築学の研究室にいる私にとっては、ある程度相対化する必要があるなぁ、と痛感しております。普遍性と個別性の問題も中々難しいですし、ひとまず卒論の段階では(おそらく、修論でも)現在の対象地のケース・スタディにしておこうと思う次第。現象学的な議論を扱うには、まだまだ勉強不足です。
 とはいえ、現象学的地理学の議論は、それなりに私の思想的基盤となっているため、論文に使うことがないにしても勉強は続けたいと思います。
posted by みさと at 12:29| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(地理学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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