2019年11月11日

「旅」の誕生(倉本一宏)

 卒論で紀行文を扱うことから、「旅」や紀行文についての通史的な知識を入れたいと思って手にとったのがこの本。倉本さんは古代政治史が御専門ですが、この本は中古から近世に至る紀行文学を題材に書かれています。

 古代には、人々の「旅」は国司の着任・帰任や、調・庸などの租税の輸送や防人など兵役への従事のための「移動」に限られていました。中古の『伊勢物語』が「旅」に焦点を当てたはじめの文学作品とされ、後代の紀行文学にも強い影響を見せます。『土佐日記』や『更級日記』がこれに続きますが、この時代の紀行文はいずれも創作性の強いものであります。
 中世になると鎌倉に政治の中心が移り、双方の公使の往来や訴訟・陳情の移動、行商人も現れて交通量が増大し、宿が形成されて行きますが、ほとんどが目的を持った「移動」にとどまります。京・鎌倉往還の増加や文字や紙、仮名文学の普及によって「旅」そのものを描く紀行文学が増加して行きます。この時代の紀行文学は定めなき人生の縮図をも思わせ、自照的な性格を持ちます。『海道記』『とはずがたり』などが挙げられ、中古には三人称的視点であることが多かったのですが、一人称へと移り変わっていくのも特徴です。
近世になると伊勢参詣という契機もあって、武士階級や庶民も含めた遊学や物見遊山の「旅」がされるようになり、多くの紀行文学が描かれます。松尾芭蕉の『野ざらし紀行』、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』のように多様な展開を見せます。

 『伊勢物語』の影響が強いと先述しましたが、興味深いのが、宇津の山に山伏と出会う紀行文がやけに多く、恐らくはそこに山伏がたむろしており、『伊勢物語』を再現して満ちゆく旅人を感動させようとしていたのだろうという推測です。景観を古の故事や文学になぞらえてそれらしく整備した名所は現代でも数しれませんが、中世にこのようなパフォーマンス的な名所の再現がなされていたというのが(事実であれば)中々驚きであります。

 こうした紀行文においては過去の文学が強く参照されますが、とりわけ松尾芭蕉は過去の文人の跡、歌枕を追って旅を行います。歌枕は、ある意味文学作品によって観念化された「場所」でありますが、芭蕉はその地を実際に歩き、実体化していくと同時に新たな名所を生み出していきました。このように、文学が旅を生み、その旅が新たな文学を生むという円環的な図式がここには見られます。
 なんとなく俳句に惹かれることが度々あったのですが(これまでは一茶や山頭火など)、この本を読んで一層関心が強まりました。また勉強しようと思います。

 軽い語り口の一般向けの本ですが、大変興味深く勉強になりました。
posted by みさと at 16:04| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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