2019年10月08日

文字の消息(澤西裕典)

 収録作品は『文字の消息』『砂糖で満ちてゆく』『災厄の船』です。生協で見かけて、タイトルと表紙に一目惚れして購入しました。澤西さんは京都大学の文学部、人間・環境学研究科を出た方で、純文学サークルの「木曜会」の創設者とのこと。来年から私も人環進学予定で、木曜会は入会はしていませんが、入学当初から心惹かれているサークルで学祭で毎年ブースを尋ねている団体で、少し親近感があります。

 表題作はどこからともなく文字の降り積もり侵食されてゆく世界を描いた作品。書簡という「文字の世界」に全て描かれているという形式は文調の変化から緊張感を感じさせますし、何よりこの世界観を奇妙によく表しています。非現実的な話なのに、やけに切迫感を感じるのが印象的。この2019年の現実世界、街に出れば広告は氾濫し、テレビをつけば有象無象のテロップ、スマホの中にもSNSに無限に文字は降り積もっています。「文字」は氾濫し、人の欲望や猜疑を煽り、他者を攻撃する道具にもなっています。文字はそれ自体何かを指し示す記号ーシニフィアンに過ぎないというのに、しばしばそれ自体が物神化されます。
 ーーとはいえ、私自身、小説や学問、文字の世界に浸って生きており、文字によってより豊かな精神生活を得ている感覚は強くあります。文字によって著された世界は表象にすぎず、世界そのものの現象とは異なるのかもしれませんが、実際五感を通じて得ている世界は、私自身の胸の内にある文字、というか、言葉や思考のフィルターを通して初めて認識されています。「文字」の持つ意味合いを深く考えた上でこの恐ろしい「文字」というものにつきあっていきたいと感じます。
 『砂糖で満ちてゆく』は全身が砂糖に変わって死んでゆく奇病に侵された母と、その看病をする娘の話。体が砂糖に変わってゆくって、少しメルヘンで、幻想的な感じがしますが、この作品の語り口もどこか現実的で(「全身性糖化症」なんて病名もついています)、現実性と空想性の間で悲しく恐ろしく官能的な作品となっています。
 『災厄の船』は、町のすぐ側に昔から停泊している、手を出せば災厄を招くという幽霊船めいた巨大船舶と、それに翻弄される町の話。この話も全体として寓話めいた設定と雰囲気を持つ一方で、災厄の船を観光資源にしようとするなんてすごく現代らしい要素もあり、上二作と共通するところを感じます。都市伝説らしい怪しさとグリムの寓話めいた暗い雰囲気をも折衷し、中々心惹かれる世界観でありました。

 現実性と非現実性の緊張の間で微妙に構築される世界の鬱々とした、しかし、妖しく美しい世界観はすごく自分好みで、好きな短編集でした。また他の作品にも手を出してみよう。
posted by みさと at 11:24| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他国内文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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