2019年07月07日

シャモとレンコン畑(田中幸太郎)

 珍しく写真集の紹介を。田中幸太郎さんは、花火を被写体に体に密着させたカメラを動かして撮った抽象的なアクションペインティングで有名な方です。朝日新聞の出版局でルポルタージュ写真を撮っていたこともあるらしいのですが、そうした中で河内地方に魅せられて河内の民衆の写真を撮りあつめたのが、この写真集。河内に惹かれるあまり大阪市内から枚方に移住したそうです。

 現在河内地方は大阪の後背地として工業地・住宅地として大いに都市化が進んでおりますが、1960年代前半当時はまだまだ農村風情を強く残しており、全然違う風景に驚きを感じます。
 柏原の太平寺・大県・安堂あたりの写真をみると、それぞれの集落がぶどうの海に浮かんでいるようで、当時のぶどう生産の盛んさを思います。現在新興住宅のたて並んでいるところはもちろん、集落の道や納屋の上にまでぶどう棚がつくられています。
 記録写真と面白いところといえば、「大阪のチベット」という題で柏原市の堅上小学校本堂分校がうつされているところ。昔ながらの寺子屋のように、生安寺の境内で数人の児童を相手に授業が行わている様子が撮られています。現代でも多集落から隔絶したところに20戸ほどが暮らす山間の小集落で、もう分校は閉校し、村内に児童もおらず、こうした様子が記録されているのをとても興味深く感じます。

 表題ともなっている「シャモ」ーー軍鶏は、一意には当時八尾のあたりで闘鶏に熱中する人々の写真を撮っていたところから来ているのでしょうが、ある意味これが河内人の気性を表してもいる気がします。私自身河内柏原の旧農村で生まれ育ちましたが、イメージで思い浮かべるような「河内弁」を聞いたこともありませんし、周りにも荒くたい方が多いと言った印象はありません。河内内の地域差や社会階層差のような違いはあるかもしれませんが、当時の河内風情が失われて久しいこと、河内に長く暮らしながらそれに触れることができないことを少し寂しく思います。

 私はあまり写真芸術への造詣が深くないのですが、ここまで述べてきたような記録的、社会的な意味合いを抜いても、心惹かれる写真が多かったです。
 こうした写真は、民衆写真、民俗写真というのでしょうか。あまり撮影者に意識がゆくことがなく、普通の暮らしが切り取られている感じがします。
 私たちは、生活して行く中で、空間に、世界に意味を刻み続けています。普段はそうしたことに気づくことはありませんが、このように、写真で時間を寸断することを通して、その様が明確に可視化されるような気がします。活気ある生のリズムが写真の一枚一枚に刻まれているようで、素敵です。
 現代では三次産業化や情報化が進み、何をするにも多くの媒体が我々と世界の間に介在するような感じがして、世界を直接経験することができなくなってきているような気がします(もちろん、その媒体も世界の一部には違いないのですが)。1960年代当時の、農業や手工業の時代の営みは今よりも生きている感じがして、なんともゆかしく思います。
posted by みさと at 13:01| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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