2019年04月03日

空間の経験(Y・トゥアン)

 人文主義的地理学の端緒とも言われる、イーフー・トゥアンによる有名な著作です。人類学を始め、様々な学問を援用しながら、人文主義的地理学的な考え方を様々な観点から説明しています。序論で自ら書いていましたが、議論はあちらこちらへ移り変わり、学問的体裁が整っているわけではありませんが、「経験ーー感覚、感情、思考」と「主観性」をキーワードに、場所・空間を分析する人文主義的地理学の考え方を描いています。

 「空間」「場所」という概念は建築学や地理学を勉強しているとしょっちゅう耳にするキーワードでありますが、前者は抽象的でかつ、開放性、自由性を持ったものであり、後者は具体的、親密的で安全性・安定性を持っているという違いがあります。前者は例えば地理学者が軽量的手法で分析するものであり、後者はある人が生活する上で付き合う、生きられた世界であります。「場所」は、人によって親密なる意味を与えられた空間とも言っても良いと思います。この本ーーひいては人文主義的地理学が注目するのは、「空間」よりも「場所」で、人文主義的地理学や現代の建築学では「場所」の方を肯定する傾向があります。
 この本の延長上にあるのが、おそらく以前紹介したこともあるエドワード・レルフの『場所の現象学』であり、この本ではあまり取り上げられなかったが非常に共通項の多い学問である現象学の視点を積極的に取り入れ、学問的厳密性を強化するとともに「場所」性を失った現代社会の問題点を指摘しています。


 一つ、特に興味深かったトピックを紹介します。
 トゥアンは場所への愛着を解説している中で、エウリピデスの『ヒッポリュトス』を取り上げて、流浪の人文主義的地理学における意味について述べています(p273)。古代においては土地と宗教が密接に関連していたため、異教を流浪することは、人から生存のための資源を奪うのみならず、土地の神によって保証される法の保護をも奪ってしまうのです。このことは、前近代の流刑一般、さらには現代の禁錮・懲役刑にも近いことが言えるのではないかと思いました。現代の刑務所は、それまでその囚人が暮らしていた場所から囚人を隔離するものであると同時に、無味乾燥な、没個性的な、非場所的空間であります。囚人自らの個性からまるっきり離れたもの。神は死んだといえども、場所の不在はアイデンティティの基礎を奪い、安心を殺します。そう思えば、こうした刑罰はただ自由を制限される以上の苦痛を感じるものであるとわかります。

 そのほかにも色々と面白いトピックはありますが、全体として言っていることは、何となく知っている内容。それもおそらく、トゥアンの考え方はその後の地理学においてよく普及したからであるからでしょう。4回生が始まる前に、自らの分野、思想的基礎となる古典をおさえることができてよかったと思います。
posted by みさと at 16:40| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(地理学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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