2018年11月26日

場所の現象学(E.レルフ)

 エドワード・レルフ著、高野岳彦・安部隆・石山美也子訳の本です。
 「現象学」はフッサールに始まる哲学的方法論で、人が純粋に経験する現象に立ち返り、それそのものを考察するという学問であります。これは現象の裏にある事実を客観的に読み解き、分析する「科学」へのアンチテーゼという面を持ちます。
 この本はこうした現象学という考え方を地理学に引用したものです。地理学は自然地理学に始まり50-70年代には計量革命が席巻しますが、これらのアンチテーゼとして、人々の場所体験を重視する「現象学的地理学」「人文主義地理学」と言われる分野が70年代以降力を持つようになります。レルフによる本書は、その中でも名著と名高いものであります。

 レルフの影響を受けた著者による本を何冊か読んでいるので、大まかな内容は知っていたのですが、それでも勉強になるところが多くありました。
 人々と場所の関係を「実存的外側性」「客観的外側性」「付随的外側性」「代償的内側性」「行動的内側性」「感情移入的内側性」「実存的内側性」、人々にとっての空間を「原初的空間」「知覚空間」「実存空間」「計画空間」「認識的空間」「抽象的空間」というように、その経験の深さに対応してそれらを分節していることに顕著でありますが、本書ではこの周辺の分野でしばしば共有されている様々な概念が体系的にわかりやすく整理してあります。ある概念群が体系化されることは、それが一つのジャンルとして確立する基礎を作ります。この本が名著と言われる所以は体系的な整理により人文主義地理学を学問分野として成立させたことにあるのだろうな、と思いました。


 内容を詳述するときりがありませんが、トピックとして印象に残ったものを二つほど。

 一つは現代の景観における変幻自在性の話(p276〜)です。「変幻自在人間」というのは、リフトンが1969年に現代の人間に特性を説明するときに用いた言葉であります。これは、例えば「中産階級出身の若者が過激派になり、保守的なビジネスマンになり、住民運動かになったりするように」、現代の人間は身についた行動パターン・信念・アイデンティティをころころと変えながら生きているというもの。
 「変幻自在人間」は、現代の個人主義・自由主義・資本主義など近代以降のイデオロギーと深く結びつきながら発生しているでしょうし、また、近代において生じた家族機能の外部化もこれを助長させているような気もします。家ー学校/職場、中学校ー高校ー大学といった分断が、アイデンティティの分裂を招いたと考えるのも、そう不自然なことではないでしょう。私自身の経験を近代人に当てはめるのも安直な話ではありますが、私自身周囲の環境の変化にともなって、あるいは所属する社会集団によってアイデンティティが分裂しているような自覚があります。

 レルフは、この「変幻自在性」は今日の景観にも表れていると論じています。経済的発展とともに、都市中心では伝統建築が汎世界的な高層ビルヂングに建て代わり、郊外では農地が宅地と変わってゆき、交通網の変化に従って都市の中心や構造も変化していく。建造物の意匠も流行に従ってほんのわずかな期間で変化していく。こうした世界において、どこに行ってもマクドナルドや郊外のロードサイドのような没場所的な、汎世界的な景観があることは、人々に親近感を与え、「今日の生活を特徴付ける激しい流動性に私たちが耐えるのを手助けしているのかもしれない」とレルフは述べています。換言しますと、時間的流動性によって危機に晒された人々のアイデンティティを、空間的不変性・均質性が人々のアイデンティティを保証しているということだといえます。ふと、郊外に生まれた友人が、「チェーン店を見たら安心感を感じる」と述べていたことを思い出しました。


 もう一つは自動車の話(p267〜)。現代都市(景観)はそのスケール感、交通骨格、周辺の空間(農地、住宅地…)との乖離など様々な点で人間疎外的な特徴を持ちますが、自動車はそうした都市景観と人間を結ぶ装置となっています。道路を走っていると「信じられないほど過酷な注意力を求める人間=機械システムに喜んで従おうという気持ちになる。」「絶え間ない意思決定の流れを要求」されているというバンナムの引用(p270)が印象的です。一方で、自動車は個人と都市景観を結びつけますが、現代の疎外的な都市景観(テクニークの偽物性)自体、自動車を前提とし、合理的な「熟慮・理屈」の経済システムとイデオロギーによって形作られたものであることも重要な事実であります。
 先日ワンゲルの友人と車の中で会話をしている最中にふと思ったことですが、私たちは少なからず自動車を自らの身体の拡張部分(足ー機械ー精神)という認識を持っている気がします。この拡張身体は、普通では決して達することのできない速度・世界に突入する装置となっています。すなわち、自動車は身体によって身体を超越する体験を許してくれるのです。ドライブの楽しみの一つはここにあるのではないかな、と思ったり。哲学は全然まともに勉強したことはありませんが、現象学・身体論は面白そうだなァと感じます。また余裕があれば勉強してみたい分野の一つであります。

 現象学的地理学は、現在の私の思考の一番の中心となっているもの。卒論に取り組む前に、もっとこの分野の本を読んでおきたいです。トゥアンあたりにも手を出そうかな。
posted by みさと at 16:12| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(地理学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: