2018年09月06日

団地の時代

 原武史さんと重松清さんの対談です。東京の団地で生まれ育った原さんと、地方に生まれ、ニュータウンを転々として回った重松さんが、団地のあれこれについて考察しています。

 私の生まれた街・柏原も、大都市の郊外にあるベッドタウンではありますが、農村と在郷町がスプロール的に拡大してできた都市で、私団地という存在には接さずに育ってきました。
 こう言う経緯もありまして、私は農村や戸建てに対して団地・マンション・ニュータウンを一つのくくりにして考えることが多かったったのですが、この本ではこれらを明らかに違うものとして論じています。私にとってはそれが一つの衝撃でした。団地は戦後の住宅不足の対策として公団や自治体が作った画一的な住宅群であります。それに対して、ニュータウンはもう少し後の時代、多摩ニュータウンを代表に、住民・住宅ともにある程度多様な様相を見せる住宅群であります。

 団地を論ずる時、「画一的」と言うのが重要なキーワードとなります。それは、景観的にもそうですし、住民の社会的階層においてもそうです。
 団地の住民たちはかなりの近距離に住み、同質的な生活を送り、教育・インフラなど共同の課題をもっている。コンクリートの、堅固な一室は近隣とのつながりを阻むように思えますが、実際はしばしば強力なコミュニティが形成されたと言うところがこの本の大きなポイントだと思います。
 こうした自治会はしばしば革新勢力と結びつき、共産党や公明党の票田になります。

かつて「団地妻」のポルノが流行ったのが団地の空間的特性の現れであると言う指摘も、文化史・空間論的に興味深いことでした(と言っても実際見たことがあるわけではありませんが笑)。機密性の高い住居に加え、職住分離、家電の普及である程度時間に余裕のある「主婦」の誕生。冗談めかして話に上がっていることですが、中々重要な指摘だと思います。

 モダニズムの象徴として都市論の世界では良く取り上げられる「団地」。外から見ることはあっても、それ以上触れ合ったことのない対象です。原さんの生きた経験は、ものすごく新鮮でしたし、興味深かったです。
 団地、ニュータウン、旧集落、スプロール……。均質的と言われながらも、実は多様な様相を見せる「郊外」。研究対象として農村を志向していた私ですが、郊外に心をくすぐられる今日この頃です…。
posted by みさと at 21:59| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(建築学/都市論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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