2018年09月04日

小公女(フランシス・ホジソン・バーネット)

 フランシス=ホジソン=バーネット作の有名な児童文学です。曾野綾子訳の講談社・青い鳥文庫のものを読みました。
 名高い作品ですが、恥ずかしながら読んだのは、おそらく初めてです。

 児童文学とみなされる作品には、主人公が積極的に行動を起こし、自ら活路を切り開いていくというお話が多い気がしますが、このお話の主人公・セーラは少し違います。お金持ちのクルー家に生まれ、父の死により小間使いに転落し、父の友人との接触によって再び裕福になると言う風に、物語は主人公ではない外在的な営力によって進行されていきます。セーラは、気高き気丈な心と豊かな想像力をもってそうした運命に耐え、それらを導いているのです。物語・主人公がまさしく「運命」によって動かされていると言えるでしょう。
 受動的な展開ではありますが、だからこそこの作品のテーマである主人公の気高さ・気丈さが引き立っている気がします。気高さ・気丈さは「運命」と相性の良いテーマだと思います。

 また、セーラは屋根裏の自室で、粗末な部屋をバスティーユの監獄や豪華な部屋にいる「つもり」になる空想遊びをし、辛い気持ちにならないようにしていました。これは、粗末な、殺風景な部屋であるからこそできることだと思います。装飾も何もない、「意味」の削がれた空間であるからこそ、想像によって「意味」を付与したくなるのでしょうし、そうできるのでしょう。屋根裏部屋はセーラの想像力を活かすには良い環境であったと言えるでしょう。


 そういえば、小学生の時分、「小公女・セーラに似ている」と同級生に言われたことがやけに記憶に残っています。それはどのような文脈で、どのようなニュアンスで言われたことだったのかは、全く思い出すことはできないのですが……。
posted by みさと at 11:44| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(児童文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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