2012年12月21日

片岡神社(王寺町)

 今回は王寺町本町二丁目にある片岡神社について紹介します。

 この神社は片岡山の麓・王寺張井にあります。『新抄格勅符抄』によると大同元年(806年)に片岡神の神戸(租庸調の税を神社に納めていた農民)が出てくるので、その頃にはこの神社があったとされています。貞観元年(859年)の正月には正五位下に昇叙されたことが『三大実録』に書かれています。
 御祭神は八幡大神・住吉大神・豊受大神・清滝大神・天照御大神の五柱と伝えられており、古くは葛下郡傍丘之郷の総社であり、古代は大宮と言われていました。中世には五社大明神、徳川時代には五社明神と呼ばれました。
 また「片岡坐神社」として延喜式に載っています。明治6年には郷社に列せられました。
 この神社は風雨の神として信仰を集め、正暦五年(994年)に中臣氏人が宣命使として疫病・天変地異からの救済を祈願して奉幣したと社伝にあります。
 昔は大峯に鎮座しており、旧社を「モトミヤ」と呼び、また住居表示の際には「元町」としました。それに対し、現在の宮周辺は「本町」とされています。ちなみに旧社地には小さな祠があり、鳥居の奥に碑が建てられてあります。2月11日には宮跡祭があり、旧鎮座地に人が集まります。またその近くに昔焼失した「三松寺」跡があります。
 片岡神社は古来放光寺(片岡王寺)の鎮守社であり、また王寺全体の総鎮守であります。旧王寺村の域にとどまらず、旧藤井村の各神社の氏子も祭祀に関わっています。
 神仏分離により、この神社から十一面観音立像・地蔵菩薩像が同町品善寺に安置されています。
 境内末社としては北に賢岡大神を祀る稲荷神社、南に四つの小祠があります。南の摂末社のうち三つの摂社は明治42年(1909年)に旧王寺村の各地から勧請・合祀されました。大田口から金計神社、中村から大原神社、門前から住吉神社が勧請されています。残りの一社は弁天神社です。
 大原神社は門部王命を祭り、オハラミ様と呼ばれ雨乞いの神様として信仰されています。現在は白瓜の氏神で、祭日(10月30日)の前に中村から白瓜に鏡餅を届ける習慣があったそうです。古には放光寺を創建した大原氏の氏神であったそうです。
 金計神社は天児屋根命を祀っており、古老のお話によると元々は片岡神社の摂社だったそうです。片岡神社摂社→独立社→片岡神社摂社と変遷したのでしょうか。明治4年には村社に列せられました。
 住吉神社はかつては道路を挟んだお向かい、達磨寺の境内にある鎮守社で、中筒男命をお祀りしています。
 末社・弁天神社も達磨寺境内にあり、市杵島姫命をお祀りしています。

 鳥居。王寺小学校のすぐ傍にあります。境内でも子供の声がよく聞こえ、町の神社として、周辺住民に親しまれている印象を受けました。
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 拝殿。右が北側です。
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posted by みさと at 23:25| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社仏閣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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