2012年09月19日

生津 〜〜地図から消えた集落〜〜(柏原市)

 柏原市で有名なぶどう坂を登った先、雁多尾畑方面へ向かう際、最初に通る集落を生津(なまづ)と呼びます。しかし、この生津は地図には載っていません。今回はそんな生津集落について紹介します。

 享保期の『河内誌』によると堅上地区の中心集落・雁多尾畑には三つの属邑(枝郷)があるとされています。そのうちの一つが生津で、後の二つはおそらく横尾と高山(現三郷町立野)だと私は思いますが、はっきりとはしていません(『角川日本地名辞典』では北畑・南畑・西峠と推測していますが……西峠とは横尾生津の総称でしょうか?)。そのことについてはまた後日、「高山」の記事で詳しく書くつもりです。
 さて、生津集落は数戸しかない小さな集落ですが、「生津」姓がかなり多いです。住居地図で確認したところ生津ともう一つ姓があるだけでした。山間地では通婚圏が限られており、同一姓の集中がよくみられるそうです。この集落の場合はその姓が名称にもなったと思われます。姓の凝集は至近距離にある横尾集落でも顕著ですし、また少し離れた本堂集落にもその傾向があります。
 生津には生津川という川が流れています。信貴変電所近くの山伏池からこの集落、そして高井田を通って大和川に注ぎ込む川で、下流では高井田川と呼ばれる小河川です。この字生津は、生津川を挟むようにして数軒の家が建って集落を形成しています。付近には広いぶどう畑の他、横尾集落やゴルフ場、木材・工事の会社があります。生津・横尾古墳群という遺跡もあります。
 またこの生津という地名は現在、地図より消えています。地図には、柏原市の堅上は基本四つの大字だけで枝郷(中字・小字)の記述はありません。地図によっては横尾の記述があるものもありますが、やはり生津の記述はありません。昭和48年の地図に「大字雁多尾畑(横尾・生津)」という記述があるのが現代の地図での数少ない例です。市が設置している道標にも横尾とあるのに生津の記述はやはりなし。多くの市民は、生津集落を横尾の一部と認識しているようです。地元ではどのような認識なのか、大変気になるところであります……。


 生津の町並み。本当に綺麗な山里で、柏原市の町の中で好きなものを選べと言われたらここを選びそうです。私の友人達も絶賛していました。実に風光明媚で、知名度は低いですが、知る人ぞ知る柏原の名所です。同一姓の集中など、地歴部としても興味深かったです。何かで紹介されたら途端に有名になるんじゃないか、と思います。
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posted by みさと at 23:24| 奈良 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | あの街この町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大変興味深く拝見させていただきました。
・・・優しさが感じられます。大好きです。・・・
Yahoo! 地図では横尾はありましたが生津は見つけられませんでした。
明治20年の旧版地図でも確認出来ませんでした。
もしかすると公図に記載があるかもしれません。
新たな発見があれば紹介して下さい。
古い地図は面白いですよ・・!
地滑りで廃止された「亀ノ瀬トンネル」が載っていますし・・
(私は持っていませんが・・)JR法隆寺駅付近の天理軽便鉄道が詳しく載っていると思います。
これからも がんばってください!
Posted by FC2八尾の若隠居 at 2012年10月28日 13:57
 コメントありがとう御座います。

 私が「生津」を確認したのは『柏原町史』の口絵の地図、『三郷町史』収録の地図のいくつか(古墳分布図など)、『柏原市史三巻』379頁の地図などです。

 確かに古地図は面白いです。私の家に、江戸時代の柏原小字地図があるのですが、それを見ると、本当に町が変わって見えるようでした。
 失われた地名のロマンってすごいですよね。
Posted by 三里千秋 at 2012年10月28日 22:12
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