2019年08月30日

日本近現代都市計画の展開 1868-2003(石田頼房)

 明治以来の日本の都市計画の歴史をまとめた本です。石田氏は東京都立大学の名誉教授で、都市計画市の研究で日本建築学会賞まで取られた方。かなり巻末の年表を除いても334ページとしっかりめの分量で、中々読み応えがありますが、内容自体は比較的わかりやすいかと。
 135年を9期に分けて、都市計画の変遷をまとめています。1期は1868-1887年の欧風化都市改造期。銀座煉瓦街建設や日比谷官庁集中計画など不平等条約の改正を目指して鹿鳴館的な都市改造を行おうと試みる時期であります。2期は1880-1918年、伝染病や大火など劣悪な都市居住環境を背景に、東京において日本発の都市計画法制である東京市区改正条例(および土地建物処分規則)を施行する時期。3期は1910-1935年、1919年都市計画法と市街地建築物法が制定され、全国的な都市計画が一応整った時期で、都市計画区域や地域地区、都市区画整理や受益者負担など新しい技術・制度が導入されます。また関東大震災に対応する復興都市計画事業は都市の近代化を進める絶好の契機になりました。4期は1931-1945年、戦時軍国主義の下、都市計画の進歩が中断する一方で、植民地において先進的な都市計画の試みがなされた時期であります。5期は1945-54年で戦後復興都市計画の時期、6期は1955-1968年で都市計画法の改正が流産し、大規模な公的・民間のプロジェクトで水準の高い市街地もできる一方で、混乱した土地利用、無秩序な開発も進んで行きます。7期は1968年に新都市計画法が制定され、都市計画が地方自治体へ機関委任事務として委譲され、住民参加制度や線引き制度などが導入され民主化と土地利用規制強化の方向に向かっていく時期であります。8期は1982-1992年、中曽根内閣の新自由主義政策により前期とは逆方向に規制緩和が進んだ時期で、「反計画」の時期であり、バブル経済にも繋がります。9期は1992年以降で市町村都市計画マスタープランが創設され、新自由主義の流れを残しながらも地方分権・住民主体の時期に入ったとみなすことができます。

 中央ー地方関係や住民参加、諸技術・制度の進展、財源問題など、様々な論点を含みながら、都市計画が現在まで変化してきたのだということが、短くも複雑で膨大な歴史の中から感じ取れます。
 色々本を読んでいてどこでも述べられているのが、日本は土地は個人の財産であり、土地の利用制限をかけることは私権の侵害だという意識が強いということ。ドイツなどの諸外国では必ずしもそうではなく、土地の公有意識が強く、積極的な都市計画、地区計画、景観計画がなされています。基本的に都市計画系の方は後者が良く、日本は遅れているという論調で語りますが、この辺りはもっと人文系の知見も交えながら議論しても良いのではないかというような気もします。西村幸夫さんの本を紹介した時も書いた気もしますが、なんだか、都市や地域を操作する対象として扱っている感が強い。
 レルフであるとか中川理氏であるとか、「場所は人格と不可分であり〜」という考え方は現象学の影響を受けた地理学や建築学ではかなり根強いものであると思うのですが、こうした人文主義的地理学の考え方をこの都市計画・土地所有の文脈で語られるのは聞いたことがありません。私自身地主の末裔ということもあるかもしれませんが、公が強権的に操作を行うより、公共よりも共同の視点から所有する者が社会への責任を持って、土地を管理運用することが必要なのではないか、という価値観を持っています。とはいえ、都市計画の近代史を見ていると、自由な土地利用を許して都市環境が悪化して言ったのも、否定できない事実。なんとか、民衆の公共(!)意識を育てることができれば、良いのですが、、、。思いつきで好い加減なことを書いてしまいました。もっと色々勉強しながら考えてみたいと思います。
 日本人の土地意識といったものを、日本思想史や農史から考えた論文みたいなのってないのでしょうか。また調べてみようかな。
posted by みさと at 20:59| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(建築/土木,工学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする