2019年07月02日

都市と緑地(石川幹子)

 院試勉強、第四弾。今回読んだ本は緑地、公園の歴史についての本です。欧州、米国、日本それぞれの公園史の概観を通して、今後の都市マネジメントの方向性について提言をするといった構成。扱っている内容はかなり広範に渡りますが、かなりしっかりした内容で、中々読み応えがありました。
 筆者の出自は農学部の造園系ですが、研究内容は都市計画にかなり近い方で、本書も公園・緑地計画の都市計画史上の意味づけを確認しつつ進んでいきます。

 そもそも、「緑地」「公園」と言っても、とりあえず緑のあるところ、とか、子供が遊んでいるところ、とか、植栽の多い広場、とか、一般にはその程度の漠然としたイメージであります。
 この「緑地」は公的に定義されており、大きく「施設緑地」と「地域性緑地」にわかれます。前者はいわゆる都市公園や児童遊園、あるいは寺社境内地などのような、公的機関や民間業者によって一般市民に解放されている空地のことを指します。後者は風致地区や生産緑地、保安林区域、自然公園などをゾーニング指定すること、すなわちゾーニングによって、既存の緑(森林、農地など)を守っているものであります。

 産業革命期、欧州各地では都市環境・公衆衛生の悪化が顕著になり、ペストが流行し、多くの死者が出ました。そこで都市改造が社会的に要請され、その一環として、都市の肺たる「緑地」が注目されました。ここにおいて、王侯貴族の庭園や狩猟地の解放、顧問の保全、城壁跡地のプールヴァール(広幅員道路)への転換が行われてゆきます。これこそ、「近代公園」の誕生であります。
 19世紀中葉以降、米国においても急速に工業化、都市化が進展する中で、都市の秩序をを担保すべく、「パークシステム」と呼ばれる公園緑地と広幅員街路の系統が整備されます。これは、従来別のものとして考えられていた街路計画と緑地を結びつけ、緑を重視した都市基盤を整備した画期的なものでありました。
 さらには、19世紀末に郊外に都市と農村を止揚した自律的な理想都市を作ることを目指したエベネザー・ハワードの「田園都市思想」、さらにはこれに基づいて都市を越える広域計画として「地域計画」が緑地保全の第三の潮流として現れます。

 緑地は戦後の日本においては、経済性のないものとしてあまり省みられることのないものでありますが、火災の延焼防止、気象の緩和、コミュニティの場のなど、多面的な機能を持つ重要な都市インフラであります。
 19世紀の米国では、緑地を作ることで周辺の地価があがり、受益者負担を課すことで緑地の設置・管理費用を賄えたとあります。衛生状態の良い現代日本では公衆衛生や緑地の大切さへの認識が下がり、地価への影響は当時の米国ほど期待できず、このような形での資金調達は難しいかもしれません。
 しかし、人口の減少していく21世紀において、現在の建蔽地を非建蔽地に転換していくこと、緑地(農地を含む)を新しく創出していくことはこれからの都市計画における最重要テーマの一つではないかと思います。維持に費用のかからない緑地をどこに、どのように作っていくのか、ということをこれから先考えて行かねばなりません。この時、都市計画は都市計画、農政は農政と別々に考えていてはなりません。現在縦割りに分かれている都市計画と農村計画、さらには森林計画など国土空間を扱う多様な行政分野(さらにはそれの基礎となる哲学、地理学、社会学、農学、建築学、行政学などの諸学問)が手を携えることが必要があると考えます。
posted by みさと at 18:54| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(森林/造園,農学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする