2019年07月30日

花の埋葬(坂東眞砂子)

 作者自身の夢から紡いだ掌編を24集めた作品集。坂東さんといえば、「性」をテーマに土俗的で、官能的な作品を描かれるイメージが強いのですが、この作品集にもその空気感が漂っています。
 どの作品も総じて、夢や幻想の中に足を踏み入れていて、不安な感情をすくい取るようなものが多いのですが、何でしょう、決して重苦しくはなく、心をぐっとえぐるというよりは、朝起きて思い出す夢の断片のようにふわふわとした感じ。示唆的であり不条理であり、ほんとの夢みたいな感じです。
 全体通して読んでみると、何と無く一貫したモティーフや構成のようなものが見えてきます。これら自体坂東さんの作品ではあるのですが、彼女自身の夢を再現したものであるという話を聞いていたこともあり、坂東さんの作品の原石に触れたような気がします。
posted by みさと at 17:26| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(他国内文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月25日

【図説】近代建築の系譜(大川三雄他)

 大川三雄、川向正人、初田亨、吉田鋼一、関東の建築史学者による近代建築史の概説書です。
 日本、西洋に分けて図版たっぷりに概説がなされています。この一冊で近代建築史の大きな流れはざっくり理解できますが、古代から近代に至る西洋建築史について多少の予備知識があった方が(当然ではありますが)理解は進むと思います。本書においては日本、西洋の順になってはいますが、時代の流れを踏まえると西洋、日本の順に読んだほうがわかりやすいかもしれません。
 近代建築については、色々な本を読んだりしているうちに、ちらちらと接してはきたのですが、体系づけられた本を読んだのは初めてでした。歴史主義、アール・ヌーヴォー、アール・デコ、モダニズム、ポスト・モダン…なんとなく、雰囲気だけ知っているような単語が、歴史の流れに沿って抑えられて勉強になりました。

 とりわけ戦後、形骸化したモダニズム理論を批判が巻き起こる中で生まれてくる構造主義の建築ーー大きな形態と小さな形態、内と外、個と全体などの次元において各単位空間が緊密な関係を結ぶようなーーは、思想と建築が結びついているのがよく感じられて面白いです。アルド・ファン・アイクの市立孤児院「子供の家」や、ヘルマン・ヘルツベルハーの「セントラール・ベヒーア保険会社」などがそうした建築の代表格であります。

 またこうした構造主義への反省から現れたポスト構造主義の思潮も建築空間によく現れています。デリダはプラトンのイデア界のような完全な知の世界を、言葉によって構築された、真実の世界のシュミラークルとしての形而上学を批判します。言葉自体多くのズレを内在する上に、世界は言葉によって写し取れる完結した静的構築物ではないと批判を行い、形而上学を脱構築を主張するのです。
 建築家グループ「コープ・ヒンメルブラウ」はこの主張を受け入れ、目を閉じ、できるだけ意識を解き放って、トレーシングペーパーの上で手を自動記述器のように動かして、言葉からも意識からも放たれた自由な境地での空間の生成を試みます。そうして生まれたのが「オープン・ハウス(マリブの家)」「ルーフトップ・リモデリング」であります。であります。オランダ構造主義者は正方形という格子状組織の上に並べながら無意識の層に潜む「祖形」を探ることで水平・垂直の構図が支配する静的で構築てきな建築を生み出しましたが、脱構築主義者たちは建築と都市を単位すら識別できない連続する流動体として捉えています。相互に異質な流れが結合・反転・分離して一回限りの組み合わせで生み出される多数多様体「リゾーム」として建築・都市を捉えているのであります。
 建築は社会を写した「テキスト」としてであり、また人々は建築を「テキスト」として読むことで新たな意味の生成を試みてきました。しかし、こうした「テキスト」は水平・垂直の構造に規定されて存在するものでもありました。ピーター・アイゼンマンは、建築が「開かれたテキスト」となることを試みます。彼の建築では、柱や壁、梁、窓や階段に見えるものが幾何学的関係から直接導き出され、抽象的に空間を秩序づけるためだけに存在します。東京都江戸川区にある「布谷ビル」にそれはよく現れています。

 ポスト・モダン建築についての関心が大きく高まったので、余裕ができれば、もっと詳論を書いた本も読んでみたいところ。デリダ、ドゥルーズ、それからリオタール、フーコーなどの思想も知りたいと思いながらもどんどん月日が過ぎてゆきます(春にギデンズについて、少し勉強しましたが)。知りたいことが多過ぎて、時間が全然足りない。なんていうものの、いまは大学院受験の勉強をしないと、と建築や都市計画関係の概説書を読み漁っています。
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2019年07月12日

西村幸夫 都市論ノート(西村幸夫)

 西村さんは東大の都市工学科を出て都市計画を専門とされている方で、この本は景観・まちづくり・都市デザインなどに関する小論文を多数まとめたものであります。例によって院試勉強の一環で読みました。
 トピックは多岐に渡りますが、印象に残ったものをいくつか。

 近代都市計画は、他の多くの科学技術と同じように、西欧の先進国で生まれ育ちました。土地利用計画やそれを元にした地区詳細計画を軸としたプランニング・コントロールというシステムも、やはり西欧先進国の発達した社会・統治システムがあってこそのものであります。行政機関が迅速かつ公正な働きをしなければならないのはもちろん、違反を罰する警察権力が機能すること、地図や統計情報などの基本的情報が整っていること、地区の変化が当局が把握できる程度に漸進的であること、さらには民主的コントロールの作用する近代市民が形成されていることなど、先進国に暮らしていては当然のあまり普段意識しないようなことが、都市計画を実施する上では必要なのです。
 都市間のネットワークの在り方やその都市の社会構成、空間構造など、風土や歴史による差異があるため、汎世界的な都市計画はありえないということは自明だと感じてはいましたが、こうした発達段階による政治学的差異があるということは、普段日本国内ばかりをフィールドにしていることもあって考えが及ばず、はっとさせられました。

 後半ではそれなりに分量をとって歴史的環境保全制度の歴史をまとめられているところがあり、院試勉強的にはそこが大変参考になりました。
 産業革命や地域開発の反動のように、1900年代前後より地域固有の古社寺や史跡、名勝を保存せんとする愛郷的な団体の設立が相次ぎます。日光の保晃会や京都保勝会が有名なものであります。会の活動としては、古文書の買取や保存対象の維持管理のための義援金の拠出が目的とされていました。こうした愛郷運動は、後には国粋主義と結びついて行くことにもなります。
 この動きに呼応するように、植物学者・三好学らの建議によって1911年史蹟名勝天然記念物保存教会が設立されます。1919年には史跡名勝天然記念物保存法が成立し、こうした動きが法制度として確立します。この法では、人工物と自然物を同列に保護対象にしているところに特徴があり、また、学術的な評価というよりも、風致を守ることで「国体を維持し国民性を涵養する」ナショナリズム的な色彩の強いものでもありました。
 今卒論で、ある名所の保勝活動を調査しているのですが、このあたりの歴史は、研究の前提知識としても役に立ちそうに思います。
posted by みさと at 11:27| 奈良 🌁| Comment(0) | 読書(建築/土木,工学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月07日

シャモとレンコン畑(田中幸太郎)

 珍しく写真集の紹介を。田中幸太郎さんは、花火を被写体に体に密着させたカメラを動かして撮った抽象的なアクションペインティングで有名な方です。朝日新聞の出版局でルポルタージュ写真を撮っていたこともあるらしいのですが、そうした中で河内地方に魅せられて河内の民衆の写真を撮りあつめたのが、この写真集。河内に惹かれるあまり大阪市内から枚方に移住したそうです。

 現在河内地方は大阪の後背地として工業地・住宅地として大いに都市化が進んでおりますが、1960年代前半当時はまだまだ農村風情を強く残しており、全然違う風景に驚きを感じます。
 柏原の太平寺・大県・安堂あたりの写真をみると、それぞれの集落がぶどうの海に浮かんでいるようで、当時のぶどう生産の盛んさを思います。現在新興住宅のたて並んでいるところはもちろん、集落の道や納屋の上にまでぶどう棚がつくられています。
 記録写真と面白いところといえば、「大阪のチベット」という題で柏原市の堅上小学校本堂分校がうつされているところ。昔ながらの寺子屋のように、生安寺の境内で数人の児童を相手に授業が行わている様子が撮られています。現代でも多集落から隔絶したところに20戸ほどが暮らす山間の小集落で、もう分校は閉校し、村内に児童もおらず、こうした様子が記録されているのをとても興味深く感じます。

 表題ともなっている「シャモ」ーー軍鶏は、一意には当時八尾のあたりで闘鶏に熱中する人々の写真を撮っていたところから来ているのでしょうが、ある意味これが河内人の気性を表してもいる気がします。私自身河内柏原の旧農村で生まれ育ちましたが、イメージで思い浮かべるような「河内弁」を聞いたこともありませんし、周りにも荒くたい方が多いと言った印象はありません。河内内の地域差や社会階層差のような違いはあるかもしれませんが、当時の河内風情が失われて久しいこと、河内に長く暮らしながらそれに触れることができないことを少し寂しく思います。

 私はあまり写真芸術への造詣が深くないのですが、ここまで述べてきたような記録的、社会的な意味合いを抜いても、心惹かれる写真が多かったです。
 こうした写真は、民衆写真、民俗写真というのでしょうか。あまり撮影者に意識がゆくことがなく、普通の暮らしが切り取られている感じがします。
 私たちは、生活して行く中で、空間に、世界に意味を刻み続けています。普段はそうしたことに気づくことはありませんが、このように、写真で時間を寸断することを通して、その様が明確に可視化されるような気がします。活気ある生のリズムが写真の一枚一枚に刻まれているようで、素敵です。
 現代では三次産業化や情報化が進み、何をするにも多くの媒体が我々と世界の間に介在するような感じがして、世界を直接経験することができなくなってきているような気がします(もちろん、その媒体も世界の一部には違いないのですが)。1960年代当時の、農業や手工業の時代の営みは今よりも生きている感じがして、なんともゆかしく思います。
posted by みさと at 13:01| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月06日

グレート・ギャツビー(S・フィッツジェラルド)

 村上春樹訳で読みました。アメリカ文学に触れることは普段あまりないのですが、友人に声をかけられ、手に取ることに。

 華やかなパーティを毎週開く謎めいた隣人・ギャツビー。そこには煌びやかな男女が集まり、宴を楽しんでいた。ある日・ニックもパーティに招かれるが、そこに集う人々はギャツビーのことをろくに知らず、悪意ある噂ばかりを口にしていた。

 華やかな中に哀しい色の浮かび上がってくる物語であります。ギャツビーが大邸宅を買い、盛大なパーティを度々開くのは、過去に恋愛関係を持っていたデイジーと再び結ばれんとするため。
「ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。あしたはもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。……そうすればある晴れたあさにーー
 だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間無く過去へと押し流されながらも」(p326)
 華麗なる過去を未来に再び手にせんとしても、その試みを果たすことはとても難しい。東京五輪、大阪万博、現代日本でも、高度経済成長やバブルを懐かしみ、再現しようとする風潮がかんじられます。こうした空気感と、この物語がどうにもかぶるようで、少し座りの悪い心持ちを感じます。
 この物語では結局過去を手にすることはできず、哀しい結末を迎えてしまいます。悲惨な、悪意の介入した取り違えからギャツビーは死を迎える。パーティにはあれだけ人が集っていたのに、葬式に参列したのは彼の父親と使用人、主人公・ニック、「フクロウ眼鏡の男」だけ。無主となった屋敷には野次馬が集い、子供に卑猥な落書きがされ、荒れ果ててゆきます。。ギャッツビーの父親が死んだ息子の栄華を悲しくも誇らしげな態度で受け入れるのが、なんとも哀れで痛ましい。
 川を挟んでデイジーに向かって暮らし、プールで最期を迎えるというように水が彼の人生において印象的でありますが、これも時間の比喩のようにも読み取れます。隔てるもの、流れ行くものとしての川、淀み溜まるものとしてのプール。
 デイジーの魅力的な声は「金」と重ねられています。ギャツビーの生涯を通して、「アメリカン・ドリーム」のような栄華を儚み、悼むのが主題と読むのは、少し日本人的感覚にすぎるでしょうか。
 美しく、悲しく、良い物語でした。
posted by みさと at 09:43| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(他海外文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月02日

都市と緑地(石川幹子)

 院試勉強、第四弾。今回読んだ本は緑地、公園の歴史についての本です。欧州、米国、日本それぞれの公園史の概観を通して、今後の都市マネジメントの方向性について提言をするといった構成。扱っている内容はかなり広範に渡りますが、かなりしっかりした内容で、中々読み応えがありました。
 筆者の出自は農学部の造園系ですが、研究内容は都市計画にかなり近い方で、本書も公園・緑地計画の都市計画史上の意味づけを確認しつつ進んでいきます。

 そもそも、「緑地」「公園」と言っても、とりあえず緑のあるところ、とか、子供が遊んでいるところ、とか、植栽の多い広場、とか、一般にはその程度の漠然としたイメージであります。
 この「緑地」は公的に定義されており、大きく「施設緑地」と「地域性緑地」にわかれます。前者はいわゆる都市公園や児童遊園、あるいは寺社境内地などのような、公的機関や民間業者によって一般市民に解放されている空地のことを指します。後者は風致地区や生産緑地、保安林区域、自然公園などをゾーニング指定すること、すなわちゾーニングによって、既存の緑(森林、農地など)を守っているものであります。

 産業革命期、欧州各地では都市環境・公衆衛生の悪化が顕著になり、ペストが流行し、多くの死者が出ました。そこで都市改造が社会的に要請され、その一環として、都市の肺たる「緑地」が注目されました。ここにおいて、王侯貴族の庭園や狩猟地の解放、顧問の保全、城壁跡地のプールヴァール(広幅員道路)への転換が行われてゆきます。これこそ、「近代公園」の誕生であります。
 19世紀中葉以降、米国においても急速に工業化、都市化が進展する中で、都市の秩序をを担保すべく、「パークシステム」と呼ばれる公園緑地と広幅員街路の系統が整備されます。これは、従来別のものとして考えられていた街路計画と緑地を結びつけ、緑を重視した都市基盤を整備した画期的なものでありました。
 さらには、19世紀末に郊外に都市と農村を止揚した自律的な理想都市を作ることを目指したエベネザー・ハワードの「田園都市思想」、さらにはこれに基づいて都市を越える広域計画として「地域計画」が緑地保全の第三の潮流として現れます。

 緑地は戦後の日本においては、経済性のないものとしてあまり省みられることのないものでありますが、火災の延焼防止、気象の緩和、コミュニティの場のなど、多面的な機能を持つ重要な都市インフラであります。
 19世紀の米国では、緑地を作ることで周辺の地価があがり、受益者負担を課すことで緑地の設置・管理費用を賄えたとあります。衛生状態の良い現代日本では公衆衛生や緑地の大切さへの認識が下がり、地価への影響は当時の米国ほど期待できず、このような形での資金調達は難しいかもしれません。
 しかし、人口の減少していく21世紀において、現在の建蔽地を非建蔽地に転換していくこと、緑地(農地を含む)を新しく創出していくことはこれからの都市計画における最重要テーマの一つではないかと思います。維持に費用のかからない緑地をどこに、どのように作っていくのか、ということをこれから先考えて行かねばなりません。この時、都市計画は都市計画、農政は農政と別々に考えていてはなりません。現在縦割りに分かれている都市計画と農村計画、さらには森林計画など国土空間を扱う多様な行政分野(さらにはそれの基礎となる哲学、地理学、社会学、農学、建築学、行政学などの諸学問)が手を携えることが必要があると考えます。
posted by みさと at 18:54| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(森林/造園,農学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする