2019年06月15日

雪国(川端康成)

 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という冒頭があまりにも有名な作品。隧道の真っ暗な断絶から、広がる暗く白い夜の雪景色が広がる様が頭に浮かび、物語の始まりとして実に視覚的、演劇的で、素敵です。
 川端康成の作品は以前に『古都』を読んだのみでありますが、本作はまた少し違う印象を受けました。『古都』は人物を描くという以上に、人物を通して美しい古都の四季を描いていたような印象であったのですが、本作はその逆な感じ。美しい雪国の風景が背景になっており、その舞台背景は作品にとって大きな役割を演じているのには違いないのですが、本作品では「雪国」や「温泉町」はアノニマスなそれであり、駒子ーーと、葉子ーーを美しく浮き出すための背景である印象を受けました。
 感覚的、官能的な描写が作品全体を通じて見られるのですが、決して淫靡な感じはなく、雪国の透き通った、少し哀しいひんやりとした、暗い美しさの中にそうした感覚的な描写と人物の激しい情動が取り込まれて、何とも綺麗な作品であります。

「美しい血の蛭の輪のように滑らかな唇は、小さくつぼめた時も、そこに映る光をぬめぬめ動かしているようで、そのくせ唄につれて大きく開いても、また可憐に直ぐ縮まるという風に、彼女の体の魅力そっくりであった。(中略)白粉はなく、都会の水商売で透き通ったところへ、山の色が染めたとでもいう、百合か玉葱みたいな球根を向いた新しさの皮膚は、首までほんのり血の色が上がっていて、なにより清潔であった」(岩波新書、p76)
 上の描写がいみじく心に残っております。蛭という、一般的に嫌悪の対象となるような吸血環形動物を、このような、肉感的で、しかし、澄んで美しい記述に取り込んでいるのが良いです。

 駒子に焦点の当たることが多いですが、静かで激しい駒子の側に葉子が影のようにちらちら儚く悲しく現れるのも印象的。闇夜にしんと冷えわたる、夜の雪のような、美しい物語であります。
posted by みさと at 20:13| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(近代文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする