2018年12月30日

アルプスの少女ハイジ(ヨハンナ・スピリ)

 スイス人児童文学作家・ヨハンナ・スピリの作品です。訳は池田香代子、挿絵はいわさきちひろ。
 幼い頃、アニメで見たとは思うのですが、どうもぼんやりと記憶が薄く、話の筋は全く覚えていない。それでも懐かしさを感じるのは不思議な感じです。幼時に見た物語ってどれもそんな印象があります。

 この物語に現れる登場人物は皆、だれかを助けようとする優しさを持っています。だれかを支え、支えられることでおじいさんも、ハイジも、クララも、皆成長してゆく過程が、よく描かれています。
 この本は、先日京都駅のいわさきちひろ展に行ってきたのですが、その際に売店で購入しました。いわさきさんの絵は淡く柔らかな色彩が優しく可愛らしいのですが、モノクロの挿絵でもその優しさがよく現れており、物語とよく合っています。

 意外に思ったのは、キリスト教的世界観が色濃く現れていること。時代や地域を考えれば、当然なのかもしれません。おじいさんーーオンジがキリスト教世界の逸脱者として描かれ、物語が進むにつれ、その世界に復帰していく様が、とても印象的です。放蕩息子の喩えまで出てきます。
 非キリスト教世界ーーアルプス、キリスト教世界ーーフランクフルト、デルフリ村
という対比が考えられますが、アルプスを自然の営み、雄大さを感じさせるように肯定的に描き、フランクフルトを精神的にも空間的にも(デルフリ村も精神的には)閉ざされたように、否定的に描かれているのが、キリスト教への認識と対応せずに不思議な感じ。ーーこの作品は野生の精神とキリスト教主義的精神の止揚の様を描いているのではないか、とふと思いました。さらに、これが書かれたのは19世紀。近代主義の時代が訪れていることを考えると、近代合理主義へのアンチテーゼ・反発運動として、原始的・中世的精神の止揚を描いたとも考えられます。

 そのほかに印象に残ったのは、アルプスの自然を中心に、色彩の描写が鮮やかであったこと。
「しずみかけたお日さまが、もみの緑と雪渓の白にぬりわけられたアルプスの山々を照らしていました。とつぜん、足もとの草の上に赤い光が落ちました。ふりむくと、はるかな岩山のぎざぎざは、空にむかって炎のように燃えたち、広い雪渓は真っ赤にそまって、その手前には、ばら色の雲がぽっかりとうかんでいました。草は黄金色に輝いていました。」(青い鳥文庫、p166)
 普段から色彩に富んだ風景が夕焼けという片時の明かりに照らされ、また別の色に染まっていく。色彩のコントラストが素晴らしいです。

 どうでも良い話なのですが、実は私のワンゲルでのあだ名がペーター。この作品に出てくるペーターから取りました(ハイジ、クララもいます)。ペーターってこんな性格なんや、と思いながら、ちょっと恥ずかしい気分になりながら読みました。
 アニメもまた見てみたいな。
posted by みさと at 12:05| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(児童文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月28日

阪神文化論(川本皓嗣/松村昌家監修)

 川本皓嗣さん、松村昌家さん監修の本です。「大手前大学比較文化研究叢書」の第5弾で、大手前大学の人文系学部の先生方が「阪神間」をテーマに、様々な内容の論文・エッセイを書いたという内容になっております。
 収録作品は川本皓嗣「歌枕の詩学」、杉橋陽一「松瀬青々論」、辻一郎「谷崎潤一郎と阪神間 そして三人の妻」、岩谷幹子「「記憶の場」としての『吉野葛』」、松原秀江「桜と桜守」、尾崎耕司「昭和初期の神戸における青年団運動について」、松村昌家「A・B・ミットフォードと神戸事件」です。

 多くが文学系、最後二編が歴史系の内容。一応「阪神間」をテーマとはしていますが、阪神間モダニズムーー阪神間の郊外文化とはあまり関係の薄い内容も多かった印象。大阪や神戸それ自体を扱った論文もいくつか含まれています。
 近代都市史を専門とする先生の下で場所論の研究をしようと思っている私にとっては、かなり勉強になった一冊です。
 初めの川本さんの歌枕の話は、国文学をほとんど勉強していない私にとって、国文学に基づく「歌枕」ーー社会的記憶としての場所の一つの形ーー研究の方法論を知ることができてよかったです。具体的な「芦屋」を取り上げて歌枕を論じており、本当に参考になります。
 岩谷さんの『吉野葛』論は、「場所」論に深く踏み込んだ内容ではありませんが、「場所」を取り扱った文学を論じた論文として、読んでいて面白かったです。記憶の形を「コミュニケーション的記憶」ーー口承ーーと「文化的記憶」ーー文章、建築などーーに分類する手法を用いて『吉野葛』を分析するというのはとても興味深いやり方。民俗学と歴史学の違いによく似た理論で、これが文学研究にも使えるのか、と目から鱗でした。自由間接話法のもつ意味についても勉強になりあmした。
 松原さんの扱う論文を読んでいて水上勉『桜守』に滝が出てくることから、ふと調べてみると、笹部新太郎の桜園には遡行対象となりうる沢ーー武庫川水系「西ノ谷」があることを知って、ワンゲルの私としては興奮しました。春になれば行ってみよう。桜の季節にでも。
 尾崎さんの論文も、自治と行政のあり方を考える研究として、都市史学徒として勉強になりました。

 この本はタイトルを見て手にとったときは、先週演習で発表した「阪神間モダニズム」について書かれた内容だと思っていました。その期待は裏切られましたが、多様な人文系論文集として大いに勉強になった一冊でした。
posted by みさと at 19:12| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

第2回文学登山の会 川端康成『古都』

 先日川端康成『古都』をテーマにした個人山行に行ってきたのですが、ワンゲル部ホームページに記録をアップしました。

京都北山高雄-沢山-中川-半国高山撤退


その他、最近の山行記録です。
台高 宮川東俣谷(大熊谷第二支流)遡行
第3回 北山を歩く会 花背峠〜大見尾根〜大見・尾越集落〜大布施
posted by みさと at 21:10| 奈良 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月21日

草迷宮(泉鏡花)

 泉鏡花さんの中編小説です。幼き日、母に聞いた手毬唄を求めて旅をする青年がたどり着いたのは、曰く付きの荒れ屋敷。どういうわけか逗留する青年を数多の人が訪れるが、怪異が相次ぐ、というあらすじ。
 物語は、横須賀市秋谷が舞台となっています。『春昼』『春昼後刻』の舞台は逗子ですし、鏡花はあの辺りにゆかりがあるのかな、と調べれば、胃腸を悪くした際に逗子に静養していたとのこと。
 鏡花の美しく幻想的な、少し妖しい世界は、此の作品でもよく現れています。子産石や団子、西瓜など作品は鞠を連想させる円形のモティーフが散りばめられており、過去に今に行ったり来たりの物語は、表題通り迷宮のよう。読んでいて懐かしさを感じるのは手毬唄と母への慕情というテーマからでしょうか。
 また同時に、この作品は涼やかさをも感じさせます。作中に清流こそ出て来ませんが、海岸、白濁りした小川、真っ青な井戸など水にまつわるものがよく現れています。さっぱりとしたそれではありませんが、冷水を背中にたらたらと注がれたような涼やかさ。まるで怪談のような。そう、鏡花の作品は、近代小説でありながら、どこか古い怪談のような魅力を持っております。そういえば、鏡花はど『雨月物語』の影響を受けたと聞いたこともあるような。
 また関東に行った時には、逗子と合わせて鏡花の舞台を歩いてみたい、と思いました。鏡花の世界は美しく、妖しく、幻のような世界。現在はリゾート地に開発されて、幻滅するかもしれませんが、鏡花の詩情をかきたてた場所を訪ね、鏡花の見た百年ほど前の風景に思いをはせてみたいです。
posted by みさと at 19:26| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(近代文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月14日

阪神間モダニズム(「阪神間モダニズム」展実行委員会)

 平成9年に兵庫県立近代美術館、西宮市大谷記念美術館、芦屋市立美術博物館、芦屋市立谷崎潤一郎記念館の四巻で開催された「阪神間モダニズム展」の公式冊子です。

 近代貿易港・神戸の発達と合わせた商都・大阪の工業化に伴い、大阪の環境は「七色の煙が出る」と呼ばれるほど悪化していきます。そんな中、上流階級を発端に、環境の良さを求めて郊外への住宅進出が始まります。その中心となった地の一つが阪神間。六甲の山脈と瀬戸内海に挟まれて温暖で緩やかながら地形の変化に富んだ阪神間は、健康地として富貴な大家や芸術家たちが多く住むようになり、神戸からの外国文化の流入もあり、独特のモダニズム文化を築いてゆきます。
 この本はそうした明治-戦前期における阪神間の文化を、建築史・文化史・美術史など多種多様な切り口から眺めて行くというものであります。私の研究室で今助教をされている藤原学先生も「阪神間の住居・素描ーー谷崎潤一郎の表現から」という題で寄稿されています。谷崎の描写をひもとき、阪神間郊外地の場所性・空間性の説明を加えており、非常に興味深い内容でありました。

 今年の頭に谷崎の『細雪』を読んで以来、阪神間で営まれる流麗な生活に憧れを感じていました。戦前から芦屋の某住宅地に、比較的近しい親戚が住んでいるのですがその立派な和館を思い出しながら、蒔岡家のような豪華で文化的な生活を脳裏に浮かべています。

 私の生まれ育った柏原も同じ大阪の郊外ではありますが、開発過程を始め、あらゆる点で異なっており、全く文化圏のように思えます。関西の地域性って、決して都道府県で分かれている訳ではなく、行政界よりも沿線の方がよっぽどそれに影響しているように思えます。

 近くても、なかなか行くことのない阪神間。また親戚を訪ねるのを兼ねて歩いてみようかな。本を読めば読むほど、行きたい場所が増えていきます。
posted by みさと at 14:42| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(建築学/都市論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月11日

阪急電車(有川浩)

 有川浩さんの作品です。中学時代に読んだことがある作品ですが、「場所論」に興味があるのと、ちょうど今阪神間の郊外開発の勉強をしているのとで再び手にとりました。
 電車の中というのは、不思議な場所です。互いに知らない人同士がものすごく近い距離で接している。毎日同じ通勤・通学電車に乗っていると、なんとなく顔見知りが出来てきます。しかし、それでも殆どの場合、何か話すということはありません。電車というのは、他人同士が時空間を共有する、不思議な場所。
 この小説は、阪急の今津線を舞台に、そうした、普通話すことのない人たち同士が繋がりわかれながら繰り広げられてゆく人間模様を描いています。あたたかくて、時に心ときめく素敵なお話。以前読んだのが思春期手前ぐらいだったのですが、恋愛の描写などを読んで感じる気持ちは全然違うなぁ、と感じます。当時はあんまり感情移入できず、それに魅力を感じなかったのですが、いま読むと、図書館で一人きゅんきゅんしてしまう。
 壮大なラブストーリーや勧善懲悪譚ではなく、日常の中に、ささやかな物語が進んで行くのがこの小説の魅力だと思います。そこには、大都市郊外のベッドタウンの生活電車といった場所性もよく効いています。谷崎潤一郎の『細雪』などでは、阪神間の郊外はまだ富裕層のものですが、この作品の描かれている現代では、広く庶民も住む土地となっています。しかし、作品に描かれる人々や町々は、庶民的でありながら、どこか近代の、ゆったりとした、モダンで文化的な香りもほのかながら残っているような気もします。
 小さな路線の中の、素敵な物語。阪神方面を訪ねる時があれば、今津線にも乗ってみたいという気になる小説でした。
posted by みさと at 18:53| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(その他文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする