2018年07月10日

美学入門

 中井正一さんの本です。私は風景論を専門としたいと考えているのですが、風景には眺めを審美的評価するという意味合いが少なからず含まれています。これまで建築・地理学系からのアプローチが多かったのですが、風景の「美」を考えるためには哲学系の学問である美学の本も読んでおきたいな、と思い、手に取りました。
 とはいえ、思想系の知識が浅いため、やはり表面的理解にとどまっていたり、理解しきれていない部分も多くあります。カント、ヘーゲルなどの知識があれば、もっと理解が進むのでしょうが……。高校倫理の資料集を読んで、広く浅く西洋の思想史を抑えて置こうかな、と思います。

 いくつか印象に残ったことを書き留めておきたいと思います。

 モダニズムの美学への表れについて、知れたことが一つ。この本は1951年の本ですから、今よりもモダニズムがずっと近いところにあります。ものすごく新鮮な視線で、「機械化時代」である近代を論じています。ルネサンスで個人や主観というものが目覚めますが、近代、社会機構の発達、全体主義の台頭などに伴い、再びそれらは解体されて行きます。ダダイズム、シュールレアリスムなどの絵画の描かれ方も、それに対応して変化していきます。
 機械化時代は人間を含めたあらゆるものを商品化・機械化し、機構へ埋没させていきます。それをマルクス主義は批判していますが、芸術の面から不安の声をあげているのが表現主義などの諸派なのです。

 近代の「機械化時代」に生まれた芸術の一つで、映画があります。中井さんは当時極めて先進的で合った映画にも鋭い理論を加えています。映画、というのは思えば不思議なもの。「聖なる一回性」を持つはずの歴史を、歴史の中で再現しています。またコマに切断された空間はそれを繋げる人々の歴史的意識の方向性を要求します。映画は、それらを通じて見る人の人格の中に、歴史的主体性を撃発しているのです。

 また、「さやけさ」「わび」「幽玄」「すき」「いき」「きれい」など、時代によって様々な言葉に表される日本の美についても、興味を惹かれました。日本の美学は時代によって変遷しているように見えて、軽妙さ、重さ・汚れを切り捨てた自由な清新さ、虚ろだが緊張した静けさなどは通時代的に存在しているのです。
 
 理解の及ばないところも多くありましたが、新たな観点を得ることのできた、学び多い読書となりました。これを機に、哲学系の本にも少しずつ手を出して行きたいな、と思います。
posted by みさと at 00:06| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする