2017年11月30日

郊外の社会学--現代を生きる形

 若林幹夫さんの本です。中川理さんの「風景学」を講読する授業を受けているのですが、自分の担当章の9章「郊外風景の没場所性」について発表するため、この本を読みました。ある地理的位置を占めながら、それはほかの街と明確に区別できない「没場所」な郊外。画一的な住宅でつくられた画一的な街並みが60-70年代につくられていく一方で、80年代後半以降はたとえば異国風の、たとえばテーマパークのような、独特な街ができていきます。南欧風の街並みで賛否の嵐を呼んだベルコリーヌ南大沢(八王子市)がその代表格です。このような「個性的な」街並みは、すべてを普遍・合理を旨とし、風景から意味を奪っていったモダニズムに対するアンチテーゼとして生まれたのでありましょう。しかし、こうしたポストモダニズムの街は、これまでの社会的・文化的な文脈とはまったく遊離したもの。南欧風の街は独特であったとしても、それが八王子の南大沢にあるという必然性はありません。これも、どこにあってもよい、「没場所」な眺めといえます。

 私自身の生まれた町・柏原もまた郊外。市にも同じような住宅がたくさん並んだところがたくさんあります。しかし、柏原を考えると、郊外の多様性も同時に見えてくるような気もします。一般に郊外として想起される大規模開発された団地は柏原にはほとんど存在せず、旧村落がスプロール化して郊外化した地域であります。郊外の形もいろいろあります。
 また、郊外に住んでいる住民。同じような街であれば、それを求める(求められる)人も同じようになり、住民の社会的階層も共通していくように考えられます(「青い郊外」「白い郊外」)。しかし、柏原のような旧村落のスプロール化した郊外では、古くから住んでいる元農民と、新しく住み着いた人々がいます。旧住民もライフスタイルとしてはサラリーマン化して均質となっていくという考え方もありますが、精神性を考えるといまだに大きな差があるように思えます。
 また柏原は、新住宅に住んでいる人も旧住民の二、三男がそれなりに多い印象。町内会や婦人会、青年団など地域組織が残っており、むしろ新住民にも拡大しています。このあたりのことを考えても、郊外が「没場所」とは言い切れないと思います。
 とはいえ、柏原を含めた「郊外」は現在進行形で確実に「没場所」化し続けているのも事実です。「没場所」は個々人のアイデンティティ、そして「風景」を揺るがします。
前期に引き続き、このへんの論考を深めていくのをとても楽しく感じます。

 僕の家は(確実には)江戸時代の初期から柏原の地に暮らしています。「郊外」の旧住民という立場。前近代的なものも、近代的(維新的、高度経済成長期的)なものも、ポストモダニズム的なものも、自分の周りをうずまいているのを感じます。
自分自身、「再埋め込み」的な発想をしているポストモダンな人間であることも強く感じていますが、ポストモダンのあり方を客観視し、「再埋め込み」するにしてもいかようにしていくか慎重に考えていきたいものです。
(社会学ほとんどやってないので、むちゃくちゃな論理&認識してたらごめんなさい)

評価:A
posted by みさと at 19:38| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(社会学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

日本の祭りと神賑

 森田玲さんの本です。祭りを「神事」と「神賑」に分節し、祭りの構造を解説するとともに、だんじり、布団太鼓、唐獅子、神輿などの練り物について詳述しています。
 中でも面白かったのが神輿の節の、「ミアレ型」「オイデ型」「ミソギ型」に神の道行の分類です。あまりおみこしの出るお祭りになじみがないのですが、「神事」「神賑」について考えるわかりやすい例となっていました。
 また幼いころより慣れ親しんできただんじりや布団太鼓がいかに成立したのかも大変興味深かったです。
 祭りのあり方について深く考える基礎知識をつけるとともに、祭事の民俗学的なフィールドワークをするときの指針を与えてくれたように思えます。
 在野の方の本ですが、参考文献もかなりしっかりしているのでおすすめです。

評価:A
posted by みさと at 16:50| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(民俗学/人類学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする