2013年12月28日

おんなの神輿/愛子のソーラン節(森山愛子)

 何となく、YouTubeで良い演歌歌手はいないかな、と探していたところで耳にしたのが28歳の若手演歌歌手・森山愛子さんです。彼女の曲と出逢ったの自体はそれ以前で、去年の今頃くらい父のCDで「おんな節」他数曲を聞きました。聞いた当時は「悪くないかも」程度の感想しか持たなかったのですが、YouTubeで「おんなの神輿」という曲を聴いて、演歌では初めてと言っていいほどの感銘を受けました。歌詞も、カラッとした曲調も、森山さんの声も、全てがとにかく元気で、前向きな気分にさせてくれます。YouTubeにアップされているPVでは、振り付きで歌われていますが、そのPVも何度も見てしまいます。人生の応援歌って、こういう曲のことを言うのだな、と思いました。

 父親にねだり、「おんなの神輿」とそのカップリングの「愛子のソーラン節」をダウンロードしてもらいました。カップリングの方もかなりの名曲。坂本冬美さん「冬美のソーラン節」のカバーですが、私としては原曲より遥かに好きです。坂本さんと森山さんでは、やはり若さが違うのでしょうか……。森山さんより一回り以上年下の私が言うのも失礼かもしれませんが、森山さんの「どっこいしょ」というかけ声がとっても可愛いと思いました。
 歌詞も元々のソーラン節から大きく離れておらず漁の歌で、曲の造りもシンプルですが、かなりはまります。頭に残って離れません。私も毎日聞き続け、約二ヶ月でiPodの再生回数が二十近くも行きました。ついつい口ずさみたくなる名曲だと思います。

 昨年、「約束」(演歌というより韓流歌謡曲っぽいですが)でスマッシュヒットを記録した森山愛子さん。もっと売れて、国民的な演歌歌手になってほしいと思います。声は本当に素晴らしいので、良い曲が提供されれば間違いなく大ヒットすると思います。
 私は、多分この人がいなかったらそこまで演歌が好きにならなかった。自分の趣味に大きな影響を与え、特に思い入れのある歌手ですから、本当に売れてほしいと思います。

 
posted by みさと at 23:48| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月26日

首相の靖国参拝こそ先人たちへの冒涜

 今日、安倍晋三首相の靖国神社参拝が報じられました。予想通り中国、韓国、そして米国から非難を受けました。

 私としては、首相が靖国神社を参拝すること自体については、問題はないと思います。国に尽くした先人に敬意を払い、参拝することはどちらかと言えば、良いことだと思います(侵略を受けた中国や東南アジア諸国、戦闘で多くの犠牲者を出した米、英、蘭他にとって不快と思われるのも当前です)。間違った正義の下とは言え、国のために身を捧げて下さったことは、同じ日本人尊敬すべきことだと思います。その当時は、それが正しいと教育されていたのですから、彼らを悪人と決めつけるのは抵抗があります。
 しかし、今の首相の態度を見ると、自分の「右翼さ」をアピール、また保守層への浸透を目論んだプロパガンダのようにしか思えません。英霊への感謝どころか、英霊を政治利用する冒涜行為であると思います。それに、自国の事情だけでなく、戦争で多大な被害を与えた周辺各国に対する配慮もしないといけない。
 できるだけ参拝を控え、参拝するとしても、あくまでも個人として、決して喧伝などせずにする。他国に配慮し、可能な限り人目を忍んで。それが筋だと思います。

 靖国には、韓国や台湾出身の日本兵も祀られていると聞きます。韓国や台湾は、侵略した先であると同時に、同じ国家の下であった同胞でもある。日本人としてそれは不思議に思いますが、相手国民は靖国も含め、その辺のことをどう思っているのでしょうか?

 靖国神社は、安倍晋三首相だけではなく多くの保守層と言われる人々にとって、神社を信仰の対象ではなく、イデオロギーの象徴としてしか扱っていないようにしか思えません。靖国神社を廃止せよという論も極端でどうかと思いますが、一見靖国神社を信仰しているかと思われる人々こそが、先人たちを冒涜しているように思えます。

 首相は今からでも遅くない、周辺諸国に改めて太平洋戦争について謝罪し、またプロパガンダでなく靖国神社を本当に信仰する気があるのなら、その上で正しく説明してもらいたいと思います。
posted by みさと at 23:04| 奈良 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 地理/歴史/政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

ふちなしのかがみ

 辻村美月さんの短編集です。収録作品は『踊り場の花子』『ブランコをこぐ足』『おとうさん、したいがあるよ』『ふちなしのかがみ』『八月の天変地異』です。

あらすじ
『踊り場の花子』 相川英樹の勤める若草南小学校には花子さんの七不思議がある。一般的に、花子さんはトイレに出るが、ウチの学校の花子さんは、階段に現れる。ーーある夏休みの日、相川は日直で一人学校に出勤していた。ケータイが鳴ったので取ると、以前教育実習に来ていた後輩・小谷チサ子であった。彼女は忘れ物を取りに来たいと言う。了解して間もなく、チサ子は到着したが、相川はふと違和感を覚えた……。
『ブランコをこぐ足』 小学五年生の倉崎みのりは、ぶらんこを激しく漕いでいた。これ以上ないというところまで上がり、誰もが今から減速するかと思った。しかし、彼女の体は空高く投げ出され、ブランコの柵を越えた遥か遠くに墜落した。翌朝彼女は息を引き取る。同級生たちの話を聞くと、様々な事実が浮かび上がるが……。
『おとうさん、したいがあるよ』 祖母の認知症が始まった。祖父も足が悪くなっているため、私は両親たちと祖父母の家の掃除を始めた。飼い犬のペロの小屋を見たとき、私は死体を見つけた。「お父さーん、死体があるよー!」私は大声で父を呼んだ……。
『ふちなしのかがみ』 私、香奈子はジャズクラブで知り合った友人、マイコとサキに、学校で流行っているらしい鏡の占いの話を聞いた。条件を揃えて鏡を見ると、一瞬だけ未来の自分の姿が見えると言う。香奈子は自分が思いを寄せる相手・高幡冬也ーークラブでサックスを演奏しているーーとの未来を見たがった。ある日、実際に試してみるが……。
『八月の天変地異』 キョウスケと仲良くなってから、俺・小島シンジは友達のいないやつと見なされるようになった。それまでは皆と、普通にサッカーなどをして遊んでいたのに。班替えなどでもあまるようになった。ある日堪えられなくなった俺は、架空の完璧な親友「ゆうちゃん」をでっち上げて自慢した。しばらく定期的に「ゆうちゃん」の自慢話をしたが、ある日嘘だとばれてしまう。その後、サッカーに久しぶりに入れてもらえたかと思うと、プレー中にひどい仕打ちを受ける。そこに、白い肌をした「ゆうちゃん」が現れる……。




 本当に久しぶりの読書感想です。結構気に入っている作品で、読むのは二回目。辻村さんの作品は、若者像の心理描写が特に巧くて、いつも感情移入して読んでしまいます。
 『踊り場の花子』は、「世にも奇妙な物語」にもなっているお話。ホラーとミステリの素晴らしい折衷作品で、ドキドキしながら読みました。「実はこうなんじゃないか」というのは大分最初の方から気になるのですが、ずっとじらされるのが、主人公の気持ちがよく伝わって中々良いと思います。ラスト、ゾクッとしますよね。(ネタバレ・反転→)無限の時に閉じ込められるってねぇ……。その後相川は、脱出するのを諦めるのでしょうか、それともずっと階段を下り続けるのでしょうか……。来るはずのない解放を、無限の時間の中でずっと待ち続けることなんて、ほんとに恐ろしいです。いっそ殺された方がマシな気がします。
『ブランコをこぐ足』この作品は、スクールカーストものです。私も高校生、クラスの「上の方」とか「下の方」は結構体験しています。みりちゃんは、キューピッドさんを利用して、「上の方」に上がりました。彼女のしたたかさが見えてきますが、同時に幸運があったことも忘れてはいけません。「十円一枚、動かす度胸もないくせに」とみりちゃんは言いますが、彼女も本当に度胸があれば、キューピッドさんなんて関係なしに「上の方」に行けたはず。真相はちょっと謎。ごまかし続ける自分が嫌になったのかな……。
『おとうさん、したいがあるよ』は、本当に気味悪かったです。死体を見つけての困惑は見えてきますが、驚愕や恐怖といった感情が見えてきません。妙に落ち着き、とぼけた登場人物たち。本当にうす気味の悪い話です。これも「世にも奇妙な物語」とか「ウルトラQ」とか、あと「ミステリーゾーン」とかみたいです。
 結局何がどうなっているのか謎ですが、私なりにも少し考えてみました。(ネタバレ・反転→)初めは死体は皆ネズミなのではないかと思いました。しかし、エピローグで蠅を見なかったとありますし、やっぱりちがう気がします。私は、集落から人が段々いなくなったことの比喩なのではないでしょうか。おじいさんは足が悪いことから、外にはあまり出ることができない。だから、集落から去った人は死んだのと同じ、ということ。去った人はただ記憶にだけ残る(家がおじいさんの脳内だと考えれば、家に死体が残る)。そして、死体を始末するということは記憶からも抹消してしまう、ということでしょう。後々お母さんやお父さんがとぼけるのも完全に忘れてしまったことの比喩。はっきりとおじいさんが喋るシーンがないのも、物語自体彼の頭の中ということ。
 まあ、無理に解釈しなくても、このように物語の破綻した様の気味悪さを感じるだけでも十分かもしれません。
『ふちなしのかがみ』はミステリ性が強くてあっと言わされました。香奈子に身を据えて考えると、本当に悲しい話です。精神的に追いつめられていく(いた)様は本当によく描かれていると思います。それにしても、この救いのなさは悲しすぎます。
『八月の天変地異』も、スクールカーストを主に据えた作品です。『踊り場の花子』もメインテーマではないもののスクールカーストの描写がありました。メッセージ性が高くて、『ブランコをこぐ足』と合わせて読むと、よりそれが強く感じられます。結局、「ゆうちゃんーー見えない友達」とか「キューピッド様」とか、実体のないものに頼っているようではいけないのですよね。前向きな結末と言い、これが一番普段の辻村さんらしい作品。

評価:A
posted by みさと at 18:20| 奈良 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(辻村深月) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月09日

クラブ。地域の子供たちと。

さて、試験も終わり昨日は南河内のある都市郊外の公民館で地域の子供たちと一緒にバルーンアートづくりをやりました。作ってあげるということは多くあっても、一緒に作るという機会は中々ないものです。子供たちの中にも経験者がいて、ちょっとびっくりもしました。
 もっとも、子供たちはバルーンだけでなく、お餅を食べたり他の遊びをしたりもしていたのですが、部員の出席人数が少なかったこともあり、バルーンの出番は途切れませんでした。
 私が一緒にバルーンをつくったりお喋りをしたりしたのは、女の子や二歳か三歳の小さな男の子ばかりだったので、おとなしく作業できたのですが、友人たちは、相手をした幼稚園以上の男の子たちがバルーンアートの剣を持って暴れまくったので、大分疲れていたようでした。
 先輩に教えてもらってバルーンのパンダもできるようになりました。
 中々充実した一日でした。

 クラブに行く道中、二グループの友人たちと遭遇しました。カラオケやったりいろいろ楽しんでるみたいで、ずるい〜とか思っていましたが、考えたら運動部の方々はほぼ毎週日曜クラブ。ほんとに、尊敬します。そして、毎日頑張ってる彼らがカッコいいですし、自分もやってみたい、と羨ましい気もします。
 習い事とかを考えると、文化部の現状が妥当ですし満足しています。でも、たまに運動部入りたかったなと思うのです。
posted by みさと at 23:14| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月03日

いつの間にか。

 昨日から二学期末試験です。高校生になってそんな時間も経っていない気がするのに、早いものです。もう高一が三分の一終わるのかと思うと。
 ふと一年前の交友関係を思うと、今と大分違うな、という気がします。クラスという箱は本当に大きい役割をするな、と思います。後、クラブも。一年前の自分は、今同じクラブの同級生とは誰一人としてまともに話したことがなかったと思います。
 来年の今頃、今クラスや放課後によく喋る人たちとは、どれぐらい会話をすることでしょう。来年から文系と理系に分かれます。私は経済学部、法学部などを考えていますので、文系ですが、友人たちの結構な割合は理系に行きます。同じグループとかなら長い付き合いは続くでしょうが、そうでない人とは、やはり疎遠になるのでしょうか……。そう思うと、何だか寂しくもあります。
 出会いと別れは、入学、卒業、転校だけじゃないですよね。同じ校舎にいても、いつの間にかさよならしてしまっているんですよね……。
posted by みさと at 18:26| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする