2013年10月26日

善きサマリア人のたとえ

 今日の帰り路の話です。電車が終点の最寄り駅に到着。座席から立ち上がり、電車を降りようとした瞬間、忘れられた傘を見つけました。戻って拾おうかな、どうしよ、と逡巡しているうちに、女学生の2人組が傘を回収。電車を降りた方々に「これ違いますか〜」と聴いて回らはる。どこか、罪悪感を感じました。
 この間も、荷物を持って階段を登っているご老人を見て、「手伝おかな、でも、もう言うてる間に登りきるしな。それに…」などと考えているうちに、別の女学生が先に「大丈夫ですか? お持ちしましょうか?」と言ったということがありました。
 毎度毎度、人の善行を見て、動かなかった自分を悔いてしまいます。


 丁度今日のキリスト教概論の授業で、「善きサマリア人」の喩えを習い始めました。省略しながら書きますと、こんな話です。

「隣人を愛することが大切ならば、その隣人とは誰ですか?」と律法の専門家はイエスに問うた。イエスはたとえを話された。
「強盗に教われ行き倒れた旅人。祭司やレビ人(エリート的存在)が通りかかったが、どちらも路の向こう側を行ってしまった。彼を助け、丁重に介抱し宿屋に届けたのは、異邦人として迫害されていたサマリア人であった。三人の中で旅人の隣人となったのは誰か?」
「その人を助けた人です」と専門家は言った。
「あなたも行って同じようにしなさい」とイエスは言われた。

 まだ習い始めたばかりなので、まだ深い解釈などはしていないのですが、私は通りかかっても見て見ぬ振りをした祭司やレビ人と一緒。そう思いました。サマリア人のように人を助けることができるようになりたいと思います。


 私はキリスト教学校に通っていますが、クリスチャンではありません。家は真宗ですし、自分が一番よく行く宗教関連の施設は多分神社です。本当に日本人らしい曖昧な信仰心を持っていると自分でも思うのですが、一つ思うことは、キリスト教と仏教は、根本で一緒なのではないかということです。道徳。どちらも、道徳を元に信仰を築いた。ただ、その形作りが違っただけなのではないでしょうか。仏教やキリスト教が道徳を作ったということも言えるかもしれませんが、枝葉ではなく、「隣人を愛せ」などの根本の絶対真理(と私は思います)的な道徳は同じだと思います。
 真理的道徳を説いているから、キリスト教も仏教もひろまったのじゃないかな、と思います。

10月24日執筆
posted by みさと at 18:09| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

恋愛やら試験やら

 9月29日、インターアクトのリーダーシップフォーラムがありました。各学校の代表が三名ずつ参加し、リーダーシップについて学んだり交流したりする行事です。
 最後のフリートークで、それなりに話しましたが、一時間ほどしかなかったため、様子見くらいの感じまでで、前回の韓国交流会のときほど仲良くなれず不完全燃焼の間が否めませんでした。2時半終了でしたので、もう少し話させてくれてもよかったのに、と思いました。

 それにしても、フリートーク時の五人班のうち二人は彼氏持ちと彼女持ち。それに対して私は好きな人すら今はいないという状況(7月にややこしいことはあったけど)。考えてみたら友人たちも結構な人数、告白とか付き合うとか失恋とかで皆それぞれ恋愛を経験してらっしゃる。羨ましいな、と思う同時に焦りを覚えます。俺一回も告ったことないな、とか考えていたら、誰かを好きになった回数だって1回くらいしかない。めっちゃ焦る……。


 上の文章、ずっと前に書いていて公開していなかったものです。懐かしいな、とは思いながらの投稿です。
 来週から中間試験。今回は範囲が広いので勉強が大変。しかし、こんなときに京都校外学習の予定を組めと言われました。私の班は女子四人男子二人で、嵐山へ行くことになりました。楽しい遠足のことを考えると、試験勉強の気分転換になります。他の班の子と情報交換も、楽しい。先輩にいろいろ教えてもらいながら、行くところを考えるのも本当に楽しいです。
 恋愛や遠足は置いといて、まあとりあえずは試験ですね。
posted by みさと at 22:42| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

やる気のないやつ

今日もちょっと愚痴みたいなことを書きたいと思います。結構自分勝手な内容なので、不快と思われたなら、申し訳ありません
 私はインターアクトクラブと掛け持ちで、聖書研究会というクラブにも入っています。聖書を研究と言っても、週に一回学校の牧師先生(ウチはキリスト教学校ですので)と一緒にご飯を食べた後聖書を読み、それに関するお話を聴く。
 私は別にクリスチャンではありませんが、先生のお話が好きで入部しました。宗教に関係なく、道徳の授業のような感じで、心にしみ入る良いお話ばかりなのです。

 部員は大勢いますが、ほとんどが二年生で、ラグビー部など運動部と掛け持ちの方々。一年生は、正式部員は私一人で、1〜5回ほど来たことがある人が何人か。私は別クラスの、インターアクト部/帰宅部の友人とともに通っていました。
 しかし、最近二人の友人が来ないので、今日、「どうしたん?」って聞いてみたら、連中、なんて言ったと思います?
「おもろいけどー、なんかめんどくさいからもーいけへんわ〜」
 ふざけてる。本気でキレそうになりました。彼らは、部室まで移動するのが面倒だったようです。今日は風邪気味で怒る気力もなかったので「あ、そう、お前らほんと無気力やな」くらいしか言いませんでした。
 インターアクトの友人の方は、そっちの活動を真面目にやっているので、まだ良いのですが、本気で腹が立つのは帰宅部の方。
 話を聞いていると、家に帰った後は、ひたすらゲーム。勉強でもすんならともかく、どんだけやる気ないねん、て思います。また別の友人があるクラブに入部を考えていると、「そんなん入らんときーなー」とか言いよる。やる気ないのは手前だけにしとけや、とか言いたくなる。

 私は、クラブ活動やクラスのダンス練習を「あー、めんどくさ〜。もー帰りたいー」とか言っているやつを見ると、イラついてくるタイプ。やる気ないやつも調子乗るやつも、どっちも嫌ですが、まだ調子乗るやつの方がまだましだと思います。
 さらにむかつく人は、本気で頑張ってるやつを馬鹿にするタイプ。頑張ってる人を馬鹿にするのが格好良いとでも思っているのでしょうか。
 去年の地歴部での体験から、やる気ないやつに対するアレルギーができた気がします。クラブ中にゲームをする、無断で欠席する、めんどくさがる。今でもしばしば、地歴部で後輩を注意する記憶がフラッシュバックのように戻ってくる。その度に、心が不安定になる気がします。

 感情のままにブログに書きましたが、これって良いのかな。友人が見たら、絶対不快だろうと思います。私だって、自分をこんな風に書かれたら嫌やもん。でも、本当に誰にも相談できない苦痛なのです。
 念のため書いておきますが、私はその友人が嫌いな訳じゃない。やる気がないのは嫌ですが、誰にでも嫌なところはあるもの。ただ、そこが嫌なだけ。基本的にあの友人は好きです。

 牧師先生にこのことを相談しようかとも思ったのですが、自分にいつもやる気があるかと聞かれると自信がありません。腹立たしいことに、自分も無気力なときがある気がする、というか絶対ある。こんなんで相談するなんて、自分、何様やねんって感じです。
 それに、先生は、本当に素晴らしい方で、彼らを諭しても決して咎めたりするようなことはないでしょう。先生に言えば、彼らを罵る自分が哀れに思えてくると思います。
 僕は、先生のように君子になんてなれない。感情的で自己中心的な、ただの子供です。
posted by みさと at 20:27| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月02日

史上最強の内閣

 室積光さんの長編小説です。

あらすじ
 自由民権党と民権党の二大政党時代、北朝鮮が突然日本に向けた中距離弾道ミサイルに燃料の注入をはじめた。二世三世の議員ばかりの国会では対応できない。浅尾一郎内閣は、自分たちは二軍で、一軍の「影の内閣」がいることを国民に知らせる。突如現れた二条内閣の実力はいかほどか。国民には賛否両論があったが、高い支持率を持って迎えられる。そんな折、予想外の出来事が起こるが……。




 今回は久しぶりですが、紹介するのはいまいちだった小説。読むのがめんどくさく思えたのは久しぶりでした。風刺しているつもりの政治ネタかもしれませんが、読んでいてむかつくほど、つまらない。社会を皮肉ってます、格好良いでしょう、みたいな感じが嫌。心情描写も杜撰で、筆者の右翼的な感じの意見を小説風に書いているだけ。若い世代のいわゆる「ネット右翼」が小説を書けばこんな感じかなと思います。
 風刺内容はある程度まともなところもありましたってところで、政治家たちを馬鹿にしているだけにも聞こえる。どうも好きになれません。
 読んでいてよっぽど朝日新聞と社民党が嫌いなんだな、と思いました。扱いが酷すぎであからさまです。
 解説では、二上内閣の面々は「歴史を知っている人ならニヤリとする」なんて書かれていましたが、見てもアホらしと思うだけ。キャラ作りがわざとらしくて名前も寒くなります。特に浪花秀吉は見ていてむかつくだけのキャラクター。
 人を馬鹿にして嘲笑う酷い小説。それで面白ければまだましですが、これはほんとにひどい。人を褒めた話の方がはるかに健全で良いと思います。
 最後の方、シン・ジャンナムのくだりが少し面白かったからDにしますが、E評価をつけようと思ったほどでした。

評価:D
posted by みさと at 21:04| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(その他の著者) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする