2020年10月21日

歌枕への理解(金沢規雄)

 白河の関、勿来の関、緒絶の橋、末の松山、壺の碑など、東北地方の名所・歌枕を題材として、その伝承を論じた本であります。
 金沢さんの問題意識は、長岡京や近江の宮のような巨大な都城でさえ、万葉集に見えるように一度消滅するとわずかな間に見失われてしまうのに、陸奥の小さな歌枕が現在まで伝損しているのはいかに、というところから発します。氏は、歌枕を1.成立(初見)の次期、2.具体的な所在が文献に明記された時期、3.現在定着している地点の三点から検討すべきと論じます。1の時点では、「陸奥国」のような雑駁な所在しか書かれていないのが普通であります。従来の研究は1.と2.を混同しており、氏は2.について人為的な作為を想定すべきであり、しばしば17世紀各藩の文化政策で牽強付会されたと論じています。歌枕を訪ねた松尾芭蕉の『奥の細道』は2.で創建された名所を巡り、これに権威を与えていくことにつながります。

 史料を多く用い、和歌の解釈から地名の議論を行う手法は竜田の論争でたくさん読んだ国文学らしい論文です。造園学や景観工学の風景論は主に近世近代やその間の変化を扱っている印象が強く、この本が焦点を当てるのは主に中世〜近世であります。また先日勉強会で地理学の風景論は近代化古代を対象としている話を聞きましたし、学問によって注目するものが違うのもおもしろいなぁ、と思います。
国文系の本を読んでいると、方法論も重視する着目点も違い、正直読んでいて真似できないなぁ、と感じるところもありますが、学際研究をする身としては学んでいきたいと強く感じます。今期は初めて国文学の演習を取ります。開講している授業の都合で、中世の連歌の演習ですが、何とかついていきたいです。
posted by みさと at 18:32| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月14日

瀬戸内海の発見 ー意味の風景から視覚の風景へー(西田正憲)

 現在紀行文を用いた風景論に取り組んでいるのですが、その先行研究として、最も重要な位置を占めるのが西田先生の一連の研究。J-STAGEで「ランドスケープ研究」に載っている論文としては、既に読んでいたのですが、西田さんの論の全体像を知りたいと思い、この新書を購入しました(本当はこの本の元となった博論を読むべきとは思うのですが、同じ京都大にいながらも閲覧がめんどくさく、貸し出しも多分できないので…)

 西田先生は京大の造園を出てから環境庁で国立公園管理官を務めてらした方なのですが、ギラン・バレー症候群を発症し、それをきっかけに瀬戸内海を題材とした風景論の研究を始められ、環境庁のお仕事を続けられながらも数本の投稿論文を経て博士論文を完成させ、最終的には奈良県立大学の教授をされました。

 この論文では瀬戸内海の近世以前と近代、日本人と欧米中朝の外国人の記した紀行文を読み解きながら、その風景観の変遷を追っています。
 近世以前の日本人にとって、風景となるのは文学や故事、神話、伝説の地である名所旧跡・歌枕が風景の中心でした。宗祇が『筑紫道記』で「名所ならねば、強ひて心とまらず」と記したのにそれは象徴され、前近世の風景観は実景以上に、観念の世界に規定される「意味の風景」であったと言えます。
 しかし、江戸時代以降、蘭学・蘭画などの移入と連動して、この伝統的な風景観は変容していきます。自然の素直な評価やより広範な俯瞰景が広がります。西欧文明が本格的に流入した後、自然主義、言文一致体や洋画の興盛の一体の流れとして、明治後期には西欧の合理的・主客分離的な近代的風景観の影響が強くなります。実際の景観を重視する「視覚の風景」へと変化したのです。こもちろん、西欧人が重視したシークエンス景よりも俯瞰景、パノラマ景を重んじたように西欧の価値観そのままではありませんが、前近世の「意味の風景」とは異なる近代的な風景であります。
 瀬戸内海では、「内海多島海」の地理的概念の導入により、これまで播磨灘や安芸灘のようなバラバラの灘であったのが国立公園にもなる「瀬戸内海」という場所が成立したのです。

 西田先生は研究手法や関心としては本当に自分にぴったりで、尊敬する大先達であります。『自然の風景論』という著作もあり、そちらも読みたいと思っています。
posted by みさと at 15:45| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(森林/造園,農学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月05日

ひとはなぜ服を着るのか(鷲田清一)

 鷲田のファッション論。少し前に紹介した『ちぐはぐな身体』に続いて読みました。衣服、流行、身体、話の話題は多岐に渡りますが、どれも面白い。
 例えば、目、耳、鼻、口、私たちの感覚器官は身体の開口部に集中しています。生殖器や口唇、肛門…快感や興奮も開口部に宿ります。これらの孔を通じて酸素や食物、あるいは排泄物、生命に関わる物質が出入りしています。これらのほとんどを私たちは直接見ることができません。私たちはこの孔に象徴的な意味を感じ、あるいは口紅やイアリング、アイシャドーなどで飾り、あるいは下着のような布で執拗に隠したりします。これは、この孔から侵入する悪いものを威嚇しよう、あるいはそこから入って来る世界を美しく迎え入れようというものであります。


人は、自己の輪郭ーアイデンティティを確かめるために、何か役割を表徴するために、服を着ます。
 僕は、高校時代、制服を着るのが好きでした。制服をきれば僕は僕ではなく、「あそこの高校の生徒」になります。今、(運動系サークルがよく着ているような京大ロゴの入った)スウェットを着て大学に行くのは、どこにでもいる大学生になりたいがためだし、作業着で畑をするのはただの農の風景になりたいがためです。精一杯のおしゃれをして繁華街を歩くのも好きですし、適当なTシャツでスーパーで買い物をするのも好き。きっとサラリーマンになれば、平凡なスーツを着て会社に行くことに快感を覚えるだろうし、歳をとればおじさんらしい格好をするのだろうな、と思います。
僕が「僕」として誰かと付き合いを持っても、結局所属する社会集団の理想像(例えばワンゲルらしさ、京大生らしさ)を求められ、集団の価値観を持って云々評価される。
「あいつは◯◯な人だから〜」っていう言説は、どこでも聞きます。僕もきっと、時々言ってしまっている。けど、それはその人(集団)の価値観で見た一面的なその人にすぎない。
そうした無責任な個人の表象は、自己の価値観と合わなければ苦しいし、うまく自分の価値観に合えば居心地が良いけど、だんだんその集団の価値観から迫害される人が見えて気持ち悪くなってくる。僕は、集団の価値観に過剰適応してしまうがゆえに。 僕は誰かにとっての「僕」になるよりも、いっそアノニマスな風景になりたい。だから、平凡な服を着たい。
最近こんな厭人的な気分になりがちなのですが、なんだかんだ人の眼差しによってしか自己を定位できる気がしないし、部活で怪我した膝の調子が悪く、人と話すことが数少ない楽しみです。僕はどこかの集団で何かしらの役割をもらって生きていくんだろうな。
posted by みさと at 18:20| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(他人文科学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月16日

星の王子さま(サン=テグジュペリ)

早く読まなきゃ、と思っていた児童文学の名作に、ついに手を伸ばせました。新潮文庫の河野万里子訳で読みました
砂漠に不時着した飛行機パイロットが出会った「星の王子さま」。彼はある小惑星の王子さまで、バラの花と触れ合い、火山の手入れをし、星を破壊するバオバブを退治して過ごしていました。ある時バラとの喧嘩から星を飛び立ち、いくつかの星を巡った末に地球に至ります。
美しく純でいて、寓意に富んだ作品です。特に星を飛び立った王子さまが地球に至るまでに出会うへんてこな人々は、いづれも大人の風刺であります。実体がなくても権威を持ちたい王様、飲むことを恥じている、恥じていることを忘れようと酒を飲む呑んだくれ、指示に忠実に従い続ける点灯人…どの人たちも愛らしくも愚かで、愛おしさと悲しさを感じます。
王子様がキツネと仲良くなり、ただアノニマスな人から互いにかけがえのない存在となり、バラとの触れ合いを振り返る場面も、純で美しい。「お願い……なつかせて!」の場面は、本当に可愛らしくて、心が締め付けられます。これ、訳も良い…。
僕も、数を数えるのが大好きで、権威に影響を受け、時間を惜しんで特急に乗り、仕事の片手間に人の話を聞いたりする、すっかり大人になってしまったなぁ、と感じます。22歳、まだまだ子どもでいたいけど、もう、戻れない。
posted by みさと at 20:37| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(児童文学作品) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月10日

風景の発見(内田芳明)

 ヴェーバー研究で知られる社会思想研究者・内田さんの風景論。
 日本の前近代は、例えば見たこともない中国の洞庭湖になぞらえて八景を定めるなど、社会通念に従った風景観を持っていました。明治に入って写実主義の洋画や自然主義文学、山岳登山、地理学が西洋から移入される中で、そのままの自然を見つめようとする風景観が生まれていきます。これは高橋由一の『鮭図』に、国木田独歩の『武蔵野』に、志賀重昂の『日本風景論』に表れているものであります。
 この議論は国粋主義者の志賀からキリスト者の内村鑑三、進化論のダーウィン、相貌学的地理学のフンボルトへと、時代を、影響をさかのぼるように西洋に移っていきます。
近代西洋はデカルト的な、主客分離・機械論的自然観だけではなく、「自然の側に中心があって、自然が物象の姿・形として現れるその現象を通じて私たちに語りかけてくるものを、人間がみて観得する」(p40)相貌学的なまなざしをも生み出した、というのがこの著作の胆であります。
 美術史から地理、経済、文学、科学史、本当に様々な思想を見事に編み上げた作品です。やや複雑で十分に理解できていない感じもありますが、内田さんの視野の広さに恐れ入るばかりです。
posted by みさと at 19:33| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(社会学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月08日

近世日本文学史 -概説と年表-(吉田弥生)

現在論文で近世の国学者の論考や紀行文を扱っているため、近世文学の大づかみな知識をつけなければいけないな、と思って手に取りました。本文100頁、年表50頁とコンパクトにまとめられており、短時間で全体像を掴むのには丁度良い本でした(やや誤字脱字が多いですが)。
 西行や鴨長明のような憂鬱な隠遁者のイメージの強い中世文学と異なり、狂歌、滑稽本、洒落本、黄表紙…近世文学は明るい庶民的な空気感に包まれています。ここには印刷技術ー整版印刷の普及が背景として存在します。
 研究で必要となってくるのは国学関係の知識ですが、俳諧や読本などは読み物として普通に関心があるので、もう少し知識をつけたいところ…と言っても時間は有限なのでなかなか難しいのですが…。
posted by みさと at 11:19| 奈良 ☔| Comment(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月04日

建築のしくみ(小沢宏・冨田眞理子)

 しばらく前に読んだ建築の入門書。学際系学部で建築史の研究室に流れ着いたものの、建築学の全体像をしらないな、と思っていた時にブックオフで見かけて買った本。類書はたくさんあると思いますが、学校の図書館でぱらぱらしたものよりはよさそう。と思っていたのですが、今日見つけた雑誌『建築知識』の『世界でいちばんやさしい建築入門』がわかりやすく充実しているので、そちらの方がよい気がします。
 意外と構造以上に計画のことを知らないな、というのを感じました。構造って歴史の勉強するうちになんだかんだ身に付きますが、歴史は主に宗教建築が対象なので、住宅のプランニングが全然わからないんですよね。。またその辺も勉強したいなぁ。
 そういえば、先輩の紹介で住宅系コンサルでアルバイトを紹介してもらえる話が…。勉強の機会にもなるかな。
posted by みさと at 19:11| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(建築/土木,工学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月31日

妄想とツッコミでよむ万葉集(三宅香帆)

万葉集の中に、現代に通じる感覚を見出そう、というのが趣旨のエッセイで、「若者らしい」今風の文体で当時の和歌を取り上げ解説していきます。キラキラネーム、インスタ映え、ナンパ、恋愛ネタ、ラノベ展開…。 出てくるワードも文体も現代全開ですが、ちゃんと万葉集の解説になってる。すごい。
実は筆者の三宅さんは京都大学大学院人間・環境学研究科の修士課程を出られており、短い間とはいえ、万葉集の研究者だったのです。紀要「人間・環境学」にも寄稿されています。
(三宅香帆(2019)「石川女郎大伴田主贈答歌に見る『遊仙窟』の影響 −二人の「風流」をめぐって−」『人間・環境学』 2 8京都大学大学院人間・環境学研究科
  全然関係ない話ですが、古代のアイロン「火熨斗」の話で当方柏原市の発掘成果が引用されていて、少しテンションが上がりました…)

学部も研究室も違いますが、同じ研究科のというので以前より心惹かれていました。古典文学を「楽しむ」、という観点で本当に良い本でした。
多忙で読書紹介が停滞し、1つ1つの紹介も適当になってしまっていますが、今回もこの辺で…。
posted by みさと at 19:22| 奈良 ☀| Comment(0) | 読書(言語学/文学) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月10日

はじめてのランドスケープデザイン(八木健一)

 ランドスケープデザインの入門書、農学部の図書室で借りました。エスキス、パース、模型などデザイン表現の基礎から、具体的な公園を例に出しての計画や設計のプロセス、舗装材や構造物などエレメントの概説まで、ざっくりとランドスケープデザインの基本を解説した本です。
 学際系の学部で地理や建築を勉強してきたのですが、研究や勉強を重ねているうちに、だんだん自分の関心が造園/ランドスケープによってきたというのがあります。9月に論文の提出を考えていることもあって、現在、日本造園学会に入会申請中です。
デザインについては、学部時代景観工学の授業で練習しましたが、こうした分野で研究や実務をするならば、もっと練習したほうがいいなと感じます。デザイナーになりたいとは思いませんが、自分の考えていることを図面を使って表現できたら良いだろうなぁ、と思います。
posted by みさと at 11:15| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(森林/造園,農学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月25日

庭園の謎を解く(L・ハリソン)

 イギリスの造園系著述家ロレイン・ハリソンの作です。訳は小阪由佳さん。これも読み物として手に取った本。最近、勉強が書籍<論文になってきています。どっちが良いのかわかりませんが、本が勉強よりも娯楽的要素が強くなりつつあります。
 この本は西洋を中心に、庭園の鑑賞ガイドを行う本で、様式や植栽、構造物などを豊富な写真とスケッチで解説されています。体系だった知識がつく、というものではありませんが、西洋庭園の構成要素について、楽しく意識を高めることができます。難点は、やや訳が読みづらいこと。海外の邦訳を読むと大なり小なり感じることなのですが…。
 日本庭園については小野健吉先生の授業や書籍で学習したことがあったのですが、西洋庭園についてはほとんど知識がなかったため、勉強になりました。風景論の本を読んでいても、西洋の庭園の話はしばしば出てくるので、どこかでしっかり知識を入れておく必要があるなー、と感じます。
posted by みさと at 20:46| 奈良 ☁| Comment(0) | 読書(森林/造園,農学系) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする